<閑話>不安定な理由

 <秀子side>


 先輩とひとみが生徒会室から出ていき、私達は先輩の状態の異常さに困惑していた。


「今日の先輩は相当やばかったね。色んな意味で」

「なんか、いつも先輩じゃなかった。あんな弱々しい姿は初めて見たかも。あの時よりも酷いかもしれない」

「あの時?ねぇ、秀子は何か聞いたりとかしてないの?」


 かおりと美優が不安な色を示し、アッコが私が何か知ってると思い聞いてきた。


「多分って言うか、先輩は昨日からそうらしいのよ。昨日の夜にひとみから電話もらってね」

「それで?」

「先輩の心が凄く不安定になってるって言ってた。朝もそのことで少し話して解決したと思ってたんだけどね。あれは予想外よ」

「でも、先輩の掛け合いならいつも通りの先輩の気がするんだけど」

「んー、その辺りは事情を知ってる人に聞くのが一番じゃない。ねぇ、松木先輩?」


 この場で唯一事情を知っている松木先輩に説明を求めることにして、松木先輩は素直に『分かった』と言って、朝のことを話し始めた。


「まず、マラソン大会が期末テスト後に行うっていうのはHRの時に全員聞いてると思うんだけど、それは間違いないか?」


 私を含めたメンバーは静かに頷くのを見て、松木先輩は話を続ける。


「それで、うちの担任の辻ちゃんが志村を名指しでマラソン大会に出るか聞いたんだ」

「まぁ、今の先輩を知ってる人ならそう言うのは分かります」

「で、志村が俺に『出るか』って聞いてきたんだ。俺は墓穴を掘って出ることになったんだけど、俺が出ることになったらクラスが騒ぎ出してな」

「え、なんで?」


 私は、あまりの出来事にアホみたいな言い方で返してしまった。


 そのことは触れる事無く、松木先輩は話を続ける。


「要は、自由参加で俺みたいに確実に運動が苦手な人間が出ることにクラスの連中が無駄に危機感を出したみたいでさ」

「あ~、そこから先はなんとなくですが解ってきましたよ。そりゃ、本人からしたら迷惑行為と思っても仕方ないですね」


 ここからは、洋太もいたらしく私も関わってくるので洋太が話すらしい。


「みんなはそんなことは一切思ってなかったんだけど、一彦が『幻聴が聞こえる』なんて言い出すし、しまいには外に出て行ってしまったという訳で秀子に電話したんだ」

「あの時の洋太は焦ってたもんね。『ひとみに体育館の階段に行けって伝えろ』なんて言うんだもん」

「俺はあの時のあいつを思い出してしまってな。間一髪で間に合ったけどな」

「私もあれは何度も見たくないわね……」

「あの時?あれって何?」


 何の事なのかをアッコが聞いてくるので、私はアッコと先輩の繋がりが浅いのを思い出した。


 かおりもあの時は先輩との大した関わりはない。


 あの時の先輩を知ってるのは、洋太と私だけということに。


 美優はあの場面は見てないけどほぼ当事者だから。


 だけど、話さないことには先に進まなそうだから諦めることにして、私はみんなに一言だけ告げる。


「今から私が話すことは一切他言禁止でお願いできる?」

「これは………相当な覚悟が必要みたいね。分かった」

「美優は大丈夫?」

「ええ、もう過ぎたことだから大丈夫」


 私も一旦、深呼吸をして頭の中を整理したい時間を作るため、松木先輩にお願いをする。


「私が説明する前に松木先輩。みんなを先輩の下駄箱へ案内してあげて下さい」

「ああ、それはいいけど。理由があるんだよな」

「そこに行かないと話が進まないのでお願いします」

「分かった。みんな、ついて来てくれ」


 残ったのは私と洋太だけになり、静かな空間で先に声を発したのは洋太だった。


「話すことにまだ迷ってるのか?」

「正直ね、私から話していいのかも疑問だしね」

「なにかあれば2人で謝ろう。でも、そんなことは言わないと思う」

「そう願いたいわね。あ、帰ってきた」


 松木先輩を先頭にみんなが生徒会室に帰ってくると、全員の顔が暗い顔になっている理由は簡単で『あれ』を見たから。


「ちゃんと確認はできたみたいね。酷いものでしょう?」

「なぁ、あの黒いのってもしかして」

「あれは一彦の血だよ。松木はあれがいつああなったか知ってるか?」

「いや、全く見当もつかない」


 多分、あの理由を知ってるのは私だけなのでバトンタッチして私が答える。


「あれは、先輩がひとみに元彼が出来たショックでああなったの」

「「「「………」」」」


 私が発した一言に全員が絶句し、完全に時が止まったような気がした。


「今はそんなことすることはないけど、あの時は声を掛けることすら出来ないほどに鬼気迫る感じだったの」

「あ、思い出した。志村が手を包帯で巻いた状態で昼に教室に来た前日の事か。ってことはあのへこみって」

「あいつが悔やんだ結果だ」

「………」


 松木先輩が『そんなことがあったのか』って言う顔をしていた。


『秀子』と洋太に呼ばれたので再度バトンタッチして、洋太がまた答える。


「それで、今日のことに繋がるんだ」

「それって、先輩がまたやろとしてたの?」

「ああ、いつでも殴れる状態だったからな。だからひとみにお願いしたんだ」

「ひとみが行った時がギリギリだった訳ね」


 洋太の言葉にかおりが確認して、アッコが安堵したような表情をしながら言う。


 その話をすれば、今回の先輩の不安定な理由が手に取るように分かってくるが、まだ他にあるような気がした。


 それが、本当の理由なんだと………


「解決はしたんだけど、自分がした掛け合いが原因でみんなに迷惑を掛けたと思い、自分に落胆して自分を傷つけようとしたってことね」

「それで合ってると思うよ。いつもなら、澄ました顔で言うのに、今日はずっと否定してたから」


 美優が補足したことを私がしっかりと締める形になった。


「さっきの騒動の理由は分かったけど、不安定な理由は別にあるのよね?」


 かおりが、本来の理由を聞いてくるのだがこればかりは私もわからない。


 私達が一番気になるのはそこにある。


 先輩が憔悴してしまう理由は大概ひとみのことになるが、ひとみが何かした訳ではないのは明白。


 先輩もひとみに何かした訳でもないから、謎が深まっていく。


 私は先輩の身になって少しだけ考えて見ると、不安定な理由を悟った瞬間に寒気。


 というか、一瞬で氷点下まで教室の温度が下がったするような感覚を覚え、洋太が私の所へ来た。


「秀子、いきなり震えだしてどうした?」

「今ね、先輩の身になって少しだけ考えてみただけで恐ろしいほどの寒気がしたのよ」

「どうゆ……おい、それってまさか!」

「多分……それが脳裏に浮かんだのよ。それ以外にないわよ、恐怖よね……」

「ねぇ、秀子どうゆうことなの?」


 私と洋太が戦慄しているところにかおりが聞いてくる。


「不安定な理由はものすごく簡単で、ひとみが先輩から離れるかもってこと」

「っ!」

「そんな、あの2人に限ってそんなことあり得ない!」


 かおりが青ざめるような顔をして、アッコが怒号に近い声を放つ。周りも騒ついてしまい、私は場を収めようとする。


「みんな、落ち着いて。そこはもう解決してるから大丈夫だと思う。それはひとみを見れば一目瞭然だし、あり得ないことだから」

「でも、さっき……」


 美優が不安な声を出すが、私は一旦フォローを優先した。


「あり得ないのは分かってるの。けどね、先輩の頭の中はそんなことで片付けられる問題じゃなかったのよ。甘く見てたわ、先輩のひとみに対する愛情の強さ、深さをね」

「一彦のことだから、ひとみが幸せになるなら自分すら捨てるだろうな。松木、お前なら何か知ってるんじゃないか?」


 洋太が松木先輩に事情を知ってるんじゃないかと思い聞いてみると。


「2人とも行くところがあるって言ってたよな。多分、それが関係してるんだと思う」

「その前に、先輩が恐れる人ってどうゆう感じなのかしら」

「「「「それ!!」」」」


 アッコが意図もなく言った言葉、それがキーワードなのだ。


「先輩が恐れる人……だめだ、全然浮かんでこない」

「奥田先輩と松木先輩は除いて、ひとみ……と女の子の気持ちになって考えてみたらどうかしら?」

「さっきの逆バージョンってことね」

「やってみましょうか」


 2人を除く私達が一斉に目を閉じて想像をしてみる。


 すると、あることが浮かんできて一斉に『はぁ~』と溜息をついた。


 ほぼ全員一致したのだろう、不安定な理由の答えが。


 目を開けて、最初に声を発したのは私だった。


「先輩、気にし過ぎだよ」

「全くね、そんなことであの子が靡くはずないじゃないの」

「先輩にはあとでお仕置きが必要ですね」

「同感ね」


 4者4様の答えをしてるので、男子2人は訳の分からない顔をしていたが、洋太が私に聞いてきた。


「原因は分かったみたいだな」

「ええ、原因としては大きく見て2つだと思う。みんなは?」

「私は、単に一つ」

「私も同じかな」

「私は、秀子と同じ」

「俺も一つだけわかってるのは、心の疲れを溜めていること。後は女子の答えだな秀子、頼む」

「簡単よ、先輩より格好良くて、完璧人間だったら普通はどう思う?」

「あ、あいつ、そんなバカなこと考えてたのかよ」

「バカだけど、それだけ愛情が深いっていうことよ」

「今の一彦に置き換えたらそうなるのは当然ってことだな」


 けど、それは私達だって例外じゃないかもしれない。


 例えば、洋太に綺麗や可愛い子で私より上と思えば焦燥感に駆られるのは理解できるからだ。


 ましてや、自分よりも他人を最優先とする先輩からしたら悪夢に近いだろう。


 だから、私が先輩の身になった時に覚えた寒気はそれなのだ。


 自分からひとみが離れていってしまうかもしれないという恐怖に。


 杞憂だって分かっていても頭の中はそうはいかないのだから。


「それであの騒動と来ればオーバーヒートは当然だが、自分の所為って思いたくもなるか」

「まぁ、今頃は奥様が全力で色々とおねだりでもしてるでしょうから大丈夫よ」

「あの人は、自分が凄いことしてる自覚が無いから自信にならないのよね」

「それが『志村一彦』なんだよ。自分を犠牲にしてでも他人の為、ひとみの為だけに動く男なんだから」

「……そうね、だから最後までついて行くって決めたんだもんね」

「俺達の親友は本当に手が焼けるな。けど、無意識で反面教師でもしてるんだろうな」

「洋太は先輩のフォローお願いね。私はひとみのフォローするから」

「ああ、任せろ」

「ちょっと、私達だっているんだからね」

「ごめんごめん、みんなでフォローして行こう」


 私達は、いつまでも2人の味方であり、私達の未来の見本なんだから、それだけは覚えていて下さいね。ひとみ、先輩。


 そう、心に秘めた途端に携帯が震えた。


 誰だろうと思い、確認する………その相手は意外?な人からだった。

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