マラソン大会の件②
今の俺は完全に包囲されている状態。
ひとみと秀子と美優が背中に張り付いているので、正面しか向くことしか出来なくなっている。
しかし、不思議なことに3人の顔がやけに微笑ましいというか、誇ってるような顔をしてるのが俺には理解が出来ない。
これから不満がバンバンと飛んでくるって言うのに……
もう、なにがなんだか解らなかった。
すると、1人の生徒が勢いよく俺の所へやってくるし、しかも俺のよく知ってる顔が。
多分、反対派の代表で俺に文句を言うつもりだろうと思い、俺は覚悟を決める。
彼が発した言葉は………それは。
「一彦、お前は……なんて素晴らしい提案をしてくれたんだよ」
「…………は?」
言われた言葉にうまく反応できず、抜けた声が出てしまう。
「『は?』じゃねぇよ。あんなつまらないマラソン大会が最高のイベントに変わってるんだぞ。発案者にお礼を言わなくてどうするんだよ」
「お礼って、俺はみんなに迷惑しか掛けてないだろ……」
「どこが迷惑なんだ?言ってみろ一彦」
「……みんなにマラソン大会を
「それは誰がお前に言った?」
「それは……」
俺に対して、そう言ってくるのは誠だった。
『迷惑』と言ってるが、それを口に出してる人はいないけども、実際は迷惑なんじゃないかって邪推をしてしまうのだ。
誠は言葉を立て続けに俺に向けて放ってくる。
「いいか、これは学校側が判断して決めた結果だ。しかも、強制参加でもなく自由参加だから、お前がやったことは批判されることじゃないんだ。寧ろ、称賛に値するんだよ。なぁ、みんな!」
『志村、ありがとう。最後のマラソン大会が楽しく出来るなんて思ってなかったよ』
『また、楽しい思い出が一つ増えたよ。サンキュー』
『打ち上げ、最高に楽しくなるように当日は頑張ろうぜ!出た奴は絶対に完走するからな。志村、楽しもうな!』
最後の人の言葉を合図に地響きのような歓声が上がる。
その歓声を聞いた俺は、足に力が入らなくなり、床に崩れ落ちて後輩達に支えられる形になってしまった。
俺の頭の中は、未だに困惑してる状態であったが……
「私の旦那様は、やっぱり凄い。そんな旦那様の妻でいれる私は本当に幸せ者です♪」
「ひ、ひとみ」
愛しの奥様が俺に称賛の言葉をくれると秀子と美優が俺から離れて、アッコが俺に布を掛ける。
それは生徒会室に置いてあったブランケットだった。
「先輩、お疲れ様でした」
これを予期していたのかってくらいに用意がよかったのは、俺の状態を知ってる人間がさっきの場にいたから。
「友木さん、わざわざありがとう」
「いえいえ。ひとみ、これで大丈夫?」
「アッコ、ありがとう。少し休もうか」
「ひと………み……」
俺は、有無言わずにひとみの膝で寝かされることになってしまった。
俺の記憶が正しければ、ここって思いっきり廊下だよな?
ひとみは、そんなことは気にすることなく俺の髪の毛を梳くように撫でていると、俺の意識は段々と遠のいていったのだった。
放課後、当初予定されていた体育館でのミーティング?は行われることは無かったのは、全クラスで参加が確定したとのこと。
用紙を見て、全員が納得してしまったのでやる意味がないらしい。
「・・た、あなた?」
朧気だが、俺を呼ぶ声が聞こえたので重い瞼を頑張って開けてみると。
「ひとみ?俺は今まで寝てたのか」
「うん、昼休みが終わった時に先輩方にお願いしてあなたをここに寝かせてもらったの」
「そうだったのか、ひとみもありがとう。あと、ごめん」
「勘違いしちゃう気持ちは分からなくもないけどね、みんな感謝してたよ」
「ならいいけどな………あ、松木」
「やっと、起きたか。それでどうした?」
ひとみがいて、松木がそう言うってことは放課後になってるということ。
そのままの流れであの事を聞くことにした。
気づいたら自分の机の所にいたので、誰かがここまで連れて来たのだろうと思った。
「あのさ、俺をここまで連れて来てくれたのは誰?」
「ああ、鈴田と亀尾だよ。率先してやってくれたよ。あ、お礼はいらないってさ」
「そうゆう訳にはいかないだろう」
「イベント提案してくれたお礼だってさ。あいつらの気持ちも考えてやれ」
そう言われてしまうと、動くに動けないので諦めることにしたが、機会があればお礼をすればいいと思うことにした。
「さて、俺は生徒会室に行くけど志村は?」
「ああ、俺も行くよっていうか、誰も授業なのに起こさなかったのか?」
「いや、起こそうとしたけど全然駄目で先生達は諦めたけど理由も多少知ってるみたいだった」
「今回は、正直に謝りに行くか」
「いや、別にそこまでする必要はないだろう。寝てる奴なんて他にいるだし、志村は英語の時間は寝てるだろ?」
それは、言われてしまってはぐぅの音も出ないのだ。まぁ、今更そんなことしても意味ないか……
っていうか、今日は何しても空回りしかしない気がしたのもあったから………
3人で生徒会室に向かうことにして、さっきのことがあるので3年の廊下を避けようとすると。
生徒会のペットが3年の廊下をドスドスって感じで歩いたもんだから………
当然、文句を言うに決まってる。
「おい、なんで3年の廊下を通るんだよ……」
「ああ、みんなからお願いされていてな」
「みんな?」
「通りすがりでもいいからお礼がしたいんだとさ」
実際、俺を見かけると『ありがとう』『サンキューな』『後輩の子が羨ましい』などの声が聞こえてきて、恥ずかしくなってきてしまう。
どれだけ称賛の声をもらったのか分からないが、俺は終始愛想笑いを返すことしか出来なかったのだから。
生徒会室に着くと、みんなが笑顔で出迎えてくれた。
「先輩、お疲れ様です」
「「「「お疲れ様です」」」」
「みんなの所には迷惑は掛かってないか?」
「大丈夫ですよ、逆に恩恵が飛んできたくらいですから」
「恩恵?」
どうやら、3年生には関係ない事が後輩達には伝わっているようで、ひとみが抱き着きながら教えてくれる。
「あなたの提案からの流れで、各学年で3位までに入ると打ち上げ参加が可能らしいの。しかも、運動部と非運動部は別々で。それと男子と女子でも分かれるみたい」
「そんなところまで発展してるのか……」
なんか………学校全体巻き込んでないか?
「とりあえず、先輩は少し休んでてください。ひとみ、先輩よろしく」
「ええ、妻として当然の役目だからね」
秀子が休ませるように指示を出すと当然ように答えて、秀子達はすぐさま雀卓に向かいジャラジャラと音を鳴らし始める。
「あなた?ここを出るまで寝てていいよ」
「悪い、あの音が子守唄に聞こえるんだ」
「ふふ、今日は本当にお疲れ様。格好いい旦那様♡」
ひとみの優しい言葉を最後に俺は再度眠りについてしまった。
起きた時には、陽も暮れ始めていて目の前には愛しの奥様の顔があった。
「あなた、おはよう。ちゃんと休めた?」
「大丈夫だ、ずっといてくれてありがとう」
「妻として当然の役目ですから♪起きる?」
「ああ」
ひとみが献身的に俺をゆっくりと起こしてくれた。
「先輩、大丈夫ですか?」
「ああ………」
秀子が俺に優しく声を掛けてくれる中、俺は上手く返すことが出来なかったが、秀子は話を続ける。
「先輩は凄いですね。あんな歓声聞いたことないです」
「凄くないよ、そもそもは俺の発案じゃないんだから………」
「でも、松木先輩は先輩と先生で掛け合いしたって言ってますよ」
「あれは、うちのクラス限定の話で打ち上げ費は先生が出すってことになってたんだよ。それが、職員室で話したらしくてここまで発展したんだと思う………」
「だったら、それは間違いなく先輩の発案ですよ」
称賛してくれるのは嬉しいのだが、あの時の俺の不安は過去最大級であり、教室に戻りたくなかったくらいだしな。
結局は無理だったけど。
「残りの期間は、言動に気を付けるようにするよ………」
「それだけはやめて下さい」
「かおり、どうしてだ?」
かおりが俺に対して文句を言ってきたことにはびっくりもんだが。
「決まってるじゃないですか、先輩がすることが私達の見本になるからです」
「今回ばかりは、見本にするべきことじゃない………」
「それを決めるのは私達で、現にこうやって物事が実現してるんですから」
もともと、俺が生徒会を指導する必要は一切ない。それは初野さんにも言ったが俺のやりたいようにやってるだけなのだ。
それがいい方向に行くなら真似してもいいと思ってる。今回のように悪手を真似するのは良い事ではないと思ってる。
かおり達はそうは思っていないようだ。
「先輩方がしたことに対して、良いか悪いかは私達が決めますので、先輩は今のままでいてもらわないと困るんです」
結局、俺は俺のままでいろってことか……朝から今までそう言われたら諦めるしかないよな。
「本当に頑固な後輩達だな、分かったよ。迷惑もかけるかもしれないが、見本になれるように過ごすよ」
「「「「「お願いします」」」」」
ひとみが俺の制服の裾をちょんちょんって引っ張ってくる。
なんか、久しぶりに可愛い仕草を見れた気がする。
「あなた、そろそろ行かないと時間が」
「そうだったな、悪い。今日は行かないといけない所があるから先に上がるな」
「秀子、お願いね」
「任せて」
俺とひとみは、生徒会室から出て歩いて鶴見駅まで向かう。
朝と同様にぎゅっと力を込めてひとみが俺に抱きついている。
「そんなに強くしなくても俺は逃げないから大丈夫だよ」
「私がこうしていたいの、だって他の人に取られちゃうかもしれないから」
「俺はひとみ以外には一切興味はないから大丈夫だ」
俺は、安心してもらえるように優しくひとみの唇にキスをすると、ひとみの腕が俺の首に回って更なるキスを求めてきたのだ。
「もっと、深いキスが欲しい」
「分かった、愛してるよひとみ」
言葉で伝えた後に形でも伝わるように舌を絡めての深いキスを公衆の面前で惜しげもなくしていたのだ。
鶴見駅に着いた俺らは、目的地に向かってバスに乗ったのだった。
俺らが出た後に、生徒会室で俺の話をしていたのは知る由もなかった。
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