マラソン大会の件①

 ひとみ、秀子、洋太のおかげで俺は本来の自分を取り戻していたっていうは大袈裟に聞こえるかもしれない。

しかし、俺にとってはそれくらいにやばいと思ってしまったから。


 そんな、窮地から俺を救ってくれた3人には感謝するばかりである。


 教室に着くと、すぐに先生がやってきてHRの際にこんなことを言ってきた。


「あー、今年のマラソン大会はみんな知ってると思うが、事情があって開催が遅れたが期末テスト後に行うことが決定した」


 クラスからは『ええ~』『やっぱりやるのかよ』と阿鼻叫喚だったが、生徒会でもあった俺と松木は、驚かない理由を知っていたので黙っていた。


先生が『まだ話は終わってないぞ』と言うと全員黙る。


「お前達3年生は、受験もあるということで自由参加になったので、参加したい人は挙手してくれ。まぁ、いないと思うが……因みに志村はどうするんだ?」


 はい、そうですよね……今までのことを考えたら名指しで来ることくらいは予想済みでしたよ。


 俺の答えなんて最初から決まっているんだから、迷う必要すらない。


「俺は参加しますよ。松木、お前は?」

「ちょ………ちょっと待て、元生徒会のお前が参加するなんて言ったら俺が参加拒否出来ないだろうが!」

「知ってて言ったけどどうする?」

「はぁ~どうせ何を言っても無駄だろうな。仕方ないな、俺も出ますよ」


『おい、松木が出るってよ』『あいつが出て俺らが出ないのはな~』『志村は予想済みだけどな』など、色々な言葉が飛んでくる。


 驚いたな、あいつの注目度って意外な所で出るんだな……まぁ、今までのことを考えたら当然か。


 で、俺はやっぱりって感じだよね。


「他に出る人いるか?」


 先生がそんなことを言ってくるが、悩んでる人がやけにいるからびっくりだが。

若干ではあるが、俺も先生も煽ったのがあるのでこんな提案をしてみた。


「辻ちゃん、なら参加したメンバーで尚且つ完走出来たら打ち上げしませんか?勿論、先生の奢りになりますが」

「ほぅ、それはそれで面白そうだな。いいだろう、参加したメンバーで完走できたメンバーは俺が飯を奢ろうか」


 意外なことに先生まで乗ってきて、他の生徒は『どうしようかな』『完走か』『俺は就職だしな』なんて言葉が聞こえてくる。


 生徒の参加数で先生の評価が上がる訳ではないので、結局の所は生徒次第となる。


 1限目の授業が始まる時間が近付いてきたので『6限の終わりに再度聞く』と言って教室から出て行く。


 1限目終了後の休み時間に松木が俺の所に詰め寄ってきた。

理由はなんとなくっていうか、アホでも予想できることだった。


「お前の言い方の所為で出ることになったろうが!」

「俺は強制をした覚えはないぞ?お前にどうだ?って聞いただけだ」

「ったく、お前の罠に引っ掛かった俺も悪いから何とも言えないけどな」

「やけに諦めが早いな。最後に断るチャンスだってまだあるのに」

「言った以上はやるよ。まぁ、完走できるかどうか分からないけどな」


 この日は、休み時間になればマラソン大会のことで持ち切りになっていた。


 けど、俺と辻ちゃんとの掛け合いの所為で、3年生全体を巻き込むことになろうとは思いもしなかった。


 昼休み、洋太が俺の所へとやってきて何事かと思ったら例の件だった。


「なんか、マラソン大会のことで色々と大変なことになってるぞ。ここが発端らしいけど」

「大変なこと?俺は出るって言っただけで、うちの担任にちょっとした条件を出しただけだぞ?」

「それが他の担任に火が付いたらしく、3年限定クラス対抗マラソン大会まで発展してるらしいぞ」

「……はい?」


 今、とんでもなく間抜けな声になってしまったが。


 一体、職員室でどうゆう話をしたらそうゆうことになるのかな?

しかも、そんなことしたらみんな出る羽目になるのに……言わなければよかったな………


 俺………やらかしたか?


「まぁ、うちのクラスの奴が職員室に言った時に聞こえたから確定ではないけど。っていうかなんでそうなったんだ?」


 別に隠すことでもないので洋太には素直に話すことにした。


「っていうことなんだよ。俺と先生で煽った結果だな」

「一彦らしいな。どうやら、心配なさそうだな」

「心配?洋太、志村に何かあったのか?」

「ああ、少し神経質になってたみたいでな、朝に説教したばかりだ」

「洋太が志村に説教ってことは結構拗れていたんだな」

「今回ばかりは否定はしない。本当にやらかしたよ」

「それで、辻ちゃんが職員室で言ったって感じなんだな」

「多分な、そこから色々と発展したんだろうな」


 まさか、俺もここまで大事になるなんて考えもしなかったというか、先生が言うとは思わなかったから。


 洋太は、一番聞きたいことを聞いてくる。


「当然だけど一彦はマラソン大会は出るんだよな?」

「俺らは参加するよ」

「俺ら?ま、まさか松木も出るのか?」

「ああ、志村の誘導尋問に引っ掛かったんだよ」

「あ~」

「その、頼むから遠い目で見るのはやめてくれないか」

「まぁ、俺としては知ってるメンバーがいるのは嬉しいよ。頑張ろうな松木」


 洋太もどうやら参加するようだな……正直、これも予想済みであり、理由も俺と全く同じ理由に間違いないな。


 すると、うちの担任の辻ちゃんが教室に入ってきた。

どうしたのかと思ったら、何かを持っていたけど、なんかの用紙か?


「あー、みんな。昼休みなのにすまんな、実は朝言ってたマラソン大会の件で変更があってな。6限終了後、30分から1時間で終わらすから体育館に集合してくれると助かる。強制じゃないから出れない人の為に簡易用紙も用意したから目を通してくれると助かる」


 そう言って、用紙を教壇の上に置いて教室から出て行き、そこにいた生徒が各々で用紙を取っていき、俺らの分を星野が取ってきてくれた。


「星野、悪いな」

「いいって、まさかお前の一言でここまでとはな」

「俺じゃなくて、辻ちゃんだよ。それで、内容はっと……はぁ!?」


 俺は、用紙の内容を確認するや否や驚愕の声を上げたのには、内容が凄いことになっていたから。


『今年度、マラソン大会の開催と変更点について。

 3年生は自由参加。3年生のみ参加者は後日に当校にて打ち上げを開催とする。参加する者は各担任へ自己申告をすることとする。打ち上げ参加資格は指定された時間内の完走とするものとし、完走時間は3時間までとする。参加期限は期末テスト前日までとする。尚、打ち上げの費用などは全て学校で負担するものとする。以上』


「完全に3年生だけレクリエーションみたいになってるな」

「学校側が負担って凄いな」

「志村、お前壮大にやらかしたな」

「……すまん。こんなことになるなんて思ってなくて」


 俺は、3年生に迷惑を掛けたと思い机に突っ伏してしまった。


 なんか感覚的な頭痛がしてくるのと、折角閉じ込めていた負の感情が勢いよく上がってくる感じが自分の中で解った。


 少なくとも、1クラス分くらいの人達が文句を言いに来るだろうと思い、何を言われてもいいように気を持つことにしたが、一番心配なのはひとみにも被害がいかないかが心配だった。


 それだけは何が何でも避けたかったが、周りから聞こえる言葉が、幻聴に思えるほどだった。


『へぇ~学校側も面白いことしてくれるじゃん』

『なぁ、3時間なら何とかなりそうだし参加しない?別に受験勉強するわけじゃないし、つまらないイベントが面白いイベントになったし』

『おーい、うちのクラスで出るやついたらここに書いてくれない?後で出しに行くから』


 そんな声が聞こえてくる。


「なぁ、幻聴が聞こえるから保健室に行ってくる………」

「アホか、幻聴じゃなくて普通に喋ってるんだよ」

「いや、どう考えたっておかしいだろ……」


 幻聴じゃなくて普通って言われてもな……俺がみんなに迷惑を掛けたことには変わりはない。


「悪い、ちょっと外に出てくるわ……頭冷やしてくる」

「お、おい志村!?」

「今は、あいつの自由にさせてやってくれ」


 松木の声に応じず、外に出て行く際に洋太が携帯を操作していたことに、俺は気付かなかった。


 外に出て、体育館の階段に腰を下ろして空を見上げていた。


 ここに辿り着いたのは偶然というか、気付いたらここに着いた感じである。


「なにやってんだろうな、俺……自分勝手にやってみんなに迷惑かけて」


 自分のやりたいことを優先した結果がこれなもんだから惨めにもなる。


 空を見上げながら、いつの間にか拳を力強く握っていた。


 自分を壊そうと思い浮かんでいると、温かい感触が俺の手を覆う。

優しいまでとは言わないが、安心させるように声を掛けてくれたのは………1人しかいない。


「何しようとしたの?」

「………」

「そんなことしたって誰も喜ばないよ」

「……分かってる」


 そこにいたのはひとみだった。


 何故、ひとみがここにいるのか理解が追いつかないので正直に聞くことにした。


「どうして、ひとみがここに?もしかして、何か言われたのか?」

「洋太先輩から秀子に連絡が来たの。あなたが落ち込んでいるからって」

「洋太が?あ………」


 目の前の窓を見ると、洋太と松木がいるのが分かった。


 何故か分からないが、クラスの連中や他のクラスまでいるもんだから、袋叩き確定なのかな……


 ……はは、甘んじて受けるしかないかな。


「ねぇ、あれを見てどう思ってるのか素直に聞かせて」


 あの状況、どう考えても文句を言われること以外に存在しない。

奥様のことだから言わないと先に進めそうにないので。


「袋叩きに遭うしか思えない。みんなに迷惑かけたんだから」

「私も一緒に行くから戻ろう?みんな心配してるよ」

「戻るなら、俺一人で戻るよ。ひとみに被害が出るかもしれないから」

「ハッキリ言うとそんなことにはならないからね。行くよ!」

「お、おい。ひとみ」


 あまりにも煮え食わない状態の俺に痺れを切らしたのか、俺の手を強引に取って教室まで連れて行く。


 だが、ひとみの言い方に疑問を持った。


『そんなことにはならない』って………まるで、想像していることとは反対のことが起きるという確信めいた言い方だったから。


 もう抵抗しても無駄だと思い、引かれるまま教室の方へ戻るとみんなの目が怖かった。


 その場から逃げ出したくなると、ひとみが後ろに回って、俺は正面しか向けなくなっていた。


 ひとみだけじゃない、秀子や美優までが俺を抑えつけていたのだから多勢に無勢である。

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