恋人or夫婦の語らい②

 俺は、自分からお願いしたことに対して思わぬ返答を食らってしまい、俺の心の中は酷く荒れていた。


 荒れていたというよりも、焦燥感というのが正しいのかも知れない。


 ミキ兄ちゃんは、俺から見ても格好いい男性であり、誠実な人だって言うのは分かっているからこそ不安になった。


 もう、結婚してるということに対しての不安感は拭えたものの、まだ消えない不安があった。


 あの完璧人間を見て、自分が劣等と思われてひとみが俺から離れていく可能性が頭の中を支配していた。


 ひとみは俺を優しく抱きしめながら俺にこう言った。


「全く、今日は自分を卑下にし過ぎかな」

「ごめん」

「ふふ♪」

「どうしたんだ?急に笑い出して」


 訳が分からない……ひとみが無駄にそんなことする理由はないとなれば、何か理由があるはず。


「弱い自分を見せるのは嫌?私にも」

「嫌って言うか情けないだろ……俺はミキ兄ちゃんと違って普通なんだから」

「私にだけは、弱いところを見せて。あなたが私を受け止めてくれたように私も受け止めて見せるから」

「こんなことで弱くなる俺でもいいのか?」

「私しか知らないあなたを見れるんだからいいに決まってる」

「あ、ありがと……う、ぅぅうう」

「今日は、私の胸の中でゆっくり休んでね♪愛してるわ、あなた♡」


 ひとみの聖母のような優しさに俺の心は少しづつ癒されていき、気づいたら俺はひとみの胸の中で眠ってしまった。


 けど、不思議と守られているような感覚になっていたのだった。


 ※


 <ひとみside>


 愛しの旦那様を自分の胸の中で寝かしつけた後に、私は少しだけ考えていた。


 起きたら、少し話したいことがあるので私は秀子にメールを送った。


『ごめん、旦那様と私は朝の部活に行けないからお願いできる?』

『りょうーかい。旦那様に何かあった?』


 まだ、そんなに遅くないので私は秀子に電話をすることにした。


『もしもー、先輩どうしたの?』

「ちょっと心が不安定になってるみたいで」

『大丈夫なの?電話しててもいいの?』

「うん、今は私の胸の中で寝てるから」

『そうなんだ、明日は私達に任せて先輩をお願いね』

「ありがとう、秀子」

『いいって。今は、先輩のことだけ気にしてあげなさい。おやすみ』

「おやすみ」


 電話が切れると、まるで赤ちゃんのように寝てる旦那様を見る。


「やっぱり、早く私を縛り付けて欲しい……そうすれば、あなたが苦しまなくて済むのにな……縛り付ける方法あるけど……」


 だめだ、絶対に。


 あれだけは絶対に使ってはいけない。使った後のことを考えると寒気すら覚える。


 寒気という言葉は嫌悪とかの意味ではない。


 今使えば、自分達の未来がどうなるか誰でも分かること。


 もし使ってしまったら、私達は祝福されることは無い。


 その先の運命が闇なのは分かり切っているから。


 なら、私自身が旦那様の為に動けばいい。


 どんな人が来ても、旦那様の隣にいるなら私は『妻』なんだと。


 志村一彦の隣にいてもいいのは私、藤木ひとみ……志村ひとみだけだと。


 ※


 目が覚めるといつも違う感触と風景に見舞われた。


 柔らかい感触に目の前が真っ暗で何がなんだか訳が分からないので、昨日の事を振り返ることにした。


「あ、そうゆうことか……ひとみに泣きついたまま寝ちゃったのか」


 この状況をようやく理解することが出来て、頭の中も少しづつ、クリアになっていくのが分かる。


「ひとみに迷惑かけたよな絶対に」


 俺が起きようと、ひとみから一旦離れようとするとひとみが目を覚ました。


「おはよう、あなた♪」

「おはよう、ひとみ。昨日は色々とごめん」

「ねぇ、少し話しない?」

「部活はどうする?」

「昨日の内に秀子に全て伝えてあるから大丈夫」

「それで話って?」


 考えたら、昨日あの状況から今日の説明をしてないことに気づき、ひとみはその事を聞きたいと思ったのかもしれない。


「私、決めたの」

「なにを?」

「これからはあなたの知り合いに紹介される際に私は志村一彦の『妻』っていうことにしたから」

「え?」

「もう、私はあなたの彼女ではなくて妻でいることにしたの。だから、紹介されたら『藤木ひとみ』じゃなくて『志村ひとみ』って言うことにするから」


 俺の予想の斜め上を行く答えで俺は驚愕していた。


 俺自身としては、当然だが彼女であり妻でもあることは勝手に自負している。


 けど、ひとみから『志村ひとみ』って言うなんて思いもしなかったのだ。


「俺としては嬉しいけどいいのか?」

「私はまだ恥ずかしさがあったのかも知れない。だから、あなたに不安にさせてしまったの」

「違うよ、昨日のは俺の弱さがいけないんだ。俺が自分に自信がない、相手と比較してしまう、自分を卑下したのがいけないんだ」

「それでも、私はもう『志村ひとみ』でいたいの」


 どうやら、ひとみは一切引く気はないようで目にも迷いがない。


 俺も昨日の時点でひとみに弱い部分をさらけ出したし、ひとみがそう言ってくれているのに俺が尻込みしてるのは馬鹿らしいよな。


「ありがとう、ひとみ。その言葉は最高に嬉しいよ」

「あと、私から一つ提案してもいい?」


 この状況からのお願いとは一体何だろうか?


 ハッキリ言えば、何を要求してるのか分からないのだ……あり得ることは1つだけ思い当たる節はあるけど、それが正解なのかは分からないので今回は素直に聞くことにした。


「毎度言ってるけど、出来る限りのことはするよ」

「あのね、金曜日はあなたの家で過ごして、土曜日は私の家で過ごしたいの」

「俺としては嬉しいけど、それに関しては両家の了承が必要だぞ?」

「私が説得するから。この件は私に一任させてくれる?」

「なにかあれば俺も手伝うからな。無理だけはしないでくれよ」

「大丈夫♪私はあなたがいるなら何でもできる気がするから」


 あっちの方かと思ったけど、まさかの提案だったな……したい提案だったから俺は叶ってくれたらいいと思ってる。


 だが、聞きたいことがまだあるようで。


「それと、今日の予定を教えて欲しいの」

「そうだったな、ごめん。部活を終えたら付き合って欲しい場所があるんだ」

「お義母さんから聞いてるから大丈夫だよ」

「そうか、全部バレているのか……」

「私は、外見であなたを好きになったんじゃない。あなたの気遣い、言動に私の心が惹かれたの。だから、どんなに他の人が格好いいと思う人がいても靡かないからね。もし、私が言い寄られることあるとすればあなたが私を変えたってことなの」

「ひとみ……」

「あなたがいなければ私はいないの。だから、誇りに思って欲しい。私を女にしたのは自分なんだって!」

「誇っていいのか不安だった。俺はひとみの笑顔が見たくて頑張っていただけで誇ってしまったら、重い十字架を背負わるんじゃないかって」

「あなた………」

「でも、ひとみがそこまで決心してくれるなら俺もそれに応えて見せる」

「やっと、私の一番好きなあなたが戻ってきた♪おかえりなさい♪」

「俺は、壮大な迷子になってたみたいだな。ただいま、奥様」


 本当に俺は馬鹿だなって思ってしまうが、俺は1人じゃないって改めて気づく。


 そうだ、俺はひとみを幸せにするってあの時に誓った。


 それは今だって少しも色褪せてなんていない。


 どんな人が来ても、俺が毅然としていればひとみは俺のそばにいてくれると分かっていたはずなのにな。


 ならば、俺も決意する。


 本当なら、許されることではないけどもあの日に一世一代のお願いをしようと。


 ひとみを『架空の妻』から『本当の妻』にする為のお願いを。

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