恋人or夫婦の語らい①

 両親との会話を終えた俺は、自室に戻ってひとみの帰りを待っていた。


 明日も学校があるので、あまり遅くなるのは静子さんにも申し訳が無い。


 そう思っていると、分厚いドアが開いてひとみが俺の所に帰ってきた。


 けど、顔が少し暗い理由は察してる。


「ただいま、今日は寂しい思いさせてごめんね……」

「ちゃんと帰ってくるって分かってるから大丈夫」

「ねぇ、お願いがあるの聞いてくれる?」

「いいよ、こっちにおいで」


 俺は、ベッドの奥に行き布団の中に潜り込んでひとみを誘う。


 ひとみのお願いは、今の顔を見ればすぐに分かってしまうほどに判り易かったからで、言わせる前に俺が行動を起こした。


 ひとみは『もう…』っていいながらも『えい!』って気合を入れて布団の中に入ってきた。


「どうして分かったの?」


 ひとみとしては、何故バレたのか聞きたいようで俺はちゃんと口に出す。


「流石にあの顔見たら分かるよ。俺を労わろうとしてくれたんだろ?」

「だって、今日はあなたに尽くしてる時間が殆どなかったから」


 全く、健気な奥様だよな。


 毎日、俺の弁当まで作ってくれて俺の我が儘を聞いてくれているのに『尽してる時間がない』なんて言うんだから。


 そんな健気な奥様を俺は優しく抱きしめる。


「そんなことないって言っても納得しないよな。けど、こうやってさせてくれるだけで俺は幸せなんだよ」

「そうなの?」

「ああ、だから今はこうさせてくれ」

「気の済むまでしてていいからね。あなたの心は私が守るから」


 ひとみの存在がどれだけ尊いかなんて俺にしか分からない。俺以外、分かってもらう必要なんてないんだ。


「ありがとう、ひとみは俺がどんなことがあっても守るからな」

「お願い♡」


 あーあー、帰したくないよ。


 でも、俺らは学生で自由なことは出来ないので今は時の流れに従うしかないのだ。


 車で送って帰るつもりでいるので、少しは長くいられるけど着いてしまったら引き留めるのはしたくないので、あの話を今することにした。


「ひとみは、明日って何か予定があったりする?」

「ううん、いつも通り生徒会の方に顔出すつもりだよ」

「なら、その後に俺に付き合ってもらえるか?」

「あなたに言われたら、絶対に行くって分かってるくせに」

「頼むから、ちゃんと自分のしたいことはしてくれよ?」

「や」


 とうとう一文字になっちゃいましたよ奥様。


 ひとみがいいのであればいいけどさ、女子同士で遊んで欲しいのもあるんだけどね。


「大丈夫、秀子達と冬休みに遊ぶ約束もしてるから」

「それならいいけどさ」

「そう言ってるけど、あなたこそ松木先輩や洋太先輩とは?」

「………」

「あなたのことだから、時間がある日は部活してそうだもんね♪」

「それに関しては奥様だって同様だろ?」

「うん、あなたがいて楽しい空間に入れられるんだよ?毎日だっていたい♪」


 笑顔がそんなことを言われたら、俺はなんて幸せ者なんだって思えてしまう。


 だから、こんな言葉が出てしまう。


「俺って、自分勝手だな」

「どうして?」

「ひとみには友達と遊べって言っておいて、自分は自由気ままにしてるんだから」

「あなた?それ以上は言わないで」

「でも……」

「これだけは聞いて欲しいの」


 俺が、あまりにも女々しいことをしている為か、ひとみの声に少しだけ怒気が孕む。


「今の私はあなたが全てなの。どうしたいかは私が決める。あなたが私を求めるなら私は全力で応える。あなただって、私と同じ答えになるはずだよ。違う?」


 その通りで、まさにひとみが言ったことがブーメランのように返ってくる。


 やっぱり、さっきのことを未だに引きずっているのだと……


 その時だった、ドアをノックする音がして母さんの声が聞こえ『入るわよ』とそのまま入ってきた。


「ひーちゃん、ちょっといい?」

「は、はい」

「説教とかそうゆうことじゃないから安心して。今のも分かってるから」


 母さんは、今の俺らの状況に咎めることなくひとみと一緒にリビングへ向かった。


 後ほど、ひとみから聞いた話はこうだったらしい。聞いたのは少し後だが。


 ※


 <ひとみside>


 お義母さんに呼ばれ、リビングで二人でいる状況である。


「ひーちゃん、かずから明日のことは聞いてる?」

「明日ですか?予定は聞かれてはいます」

「その話をする前だったのね。ま、どうにかなるでしょう」

「なにがですか?」


 私は、お義母さんが何を言いたのか理解が出来なかった。


「あのね、かずが明日行くところがあって付いて行くと思うけど、嫌ってくらいにずっとしがみついてて欲しいの」

「分かりました」

「あら?理由を聞かないの?」

「実は、お義母さんが来る前に一彦が少し弱気になっていたのが気になったので」

「それなら、私からは特に言うことは無いわね」

「私は、どんな人が来ても私の隣にいていいのは一彦だけです」

「ひーちゃんは、本当に強くなったわね」

「そうですか?」

「ええ、逆にあの子は弱くなった。あの子は意外と頑固だから甘えるのも下手になってるでしょ?」


 さすがっていうか、感服である。


「お義母さんの言う通りです。私のことを気に掛けてくれて甘えるのが下手にはなりましたね」

「ひーちゃんはいいの?」

「いいえ、私が甘えるのであれば一彦にも甘えてもらいますので」

「かずのことお願いね」

「はい、多分塞ぎ込んでると思うので慰めてきます」

「もし、ダメそうだったらひーちゃんのやりたいようにやっていいから。後始末は私がしておきます」

「分かりました。ありがとうございます」


 私は、お義母さんの言葉を自分なりに解釈し、もし一彦が元気にならないようであれば、泊まってでも元気にしろってことだろう。


 違った場合は、後で謝るしかないが多分間違ってないと思えるのは、一彦と同じ感覚がしたから。


 ※


 ひとみと母さんが話している間、俺は布団の中で塞ぎ込んでいた。


「久しぶりにひとみが怖く見えた。原因は俺にあるから、ひとみが悪いなんてないから余計に辛いな」


 ひとみと母さんが何を話しているのが、いつもなら多少理解できるのだが、今回は余計なことが頭の中にいる所為か、整理が全然できなかったのだ。


 どうしようかと悩んでいると、ドアが開いてひとみがそのまま布団の中にダイレクトで入ってきたのだ。


「あなた、おいで」

「ひとみ」

「甘えてくれないと私は帰らないよ?それでもいいの?」


『甘え』を人質に取られてしまい、しまいには帰らないって言う始末。


 この言い方をするってことは、母さんは了承済みで外堀は完全に埋められていることだろうと思い、俺は白旗を上げるしかなく、ひとみに弱々しく抱きついた。


 ※


 <ひとみside>


「落ち着くまで抱きしめてていいからね」

「ごめん」

「私は、顔や外見で流れたりしないから」

「うん」

「明日は、あなたが嫌って言っても抱きついてるから」

「うん」


 この人の心は酷く弱っている。


 どうして、そうなったのか理由が全然分からないが、少なくとも私が一緒にいない時に起きたことが原因だろう。


 この人が弱くなる時は、何かと比べることが多いので今回もそうだろうと思う。


 そして、さっき一彦が明日の予定を聞いてきたことも弱ってる原因の一つだと思うから、私は解決するための一彦の前であることをする。


 手元にあった携帯を手に取り、電話を掛けた先は。


「もしもし、お母さん?あのね」

「ひとみ?」

「うん、分かった。お願いしてもいい?」

「な、なにをしてるんだ?」


 旦那様が戸惑いながら言ってくるがお構いなしに用を済ませ。


「分かった、おやすみなさい」


 電話を切ると、私が旦那様を再度抱きしめて耳元でこう囁く。


「相互理解の時間だよ。さぁ、あなたが思ってることを全部話して」

「……実は」


 きっと、話さないと帰らないと思ったのだろう。


 一彦は、自分の弱々しいを部分をさらけ出して言い終えると私に強く抱きついてきた。

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