近づく二人
喧嘩騒動がきっかけで、藤木さんとの距離が少しだけ縮まったあの日から、藤木さんと一緒にいることが不思議と多くなっていた。
どっちが寄り添った訳ではないとは思う。
いつの間にか一緒にいることが多々あったのだ。この場合、俺が近づいてると思われても不思議じゃない。
文化祭の件は、大方問題は解決した。
顧問にお互いに悪いところを指摘されて、両成敗された結果になったが……その前に顧問にも問題があるとんだと思うんだが?
「まぁ、とりあえず解決してよかったな」
「ああ、俺は疲れたよ。これ本来は役員の役目だろ?」
「色々とお疲れさん。今後は俺がしっかり見るよ」
「全くだわ。だが期待しないでおくわ」
「こればかりは前科があるから文句は言えないけど言いたい気分」
憎まれ口を叩きつつも片隅では感謝していた。藤木さんとの距離を少しだけであるが縮められたからだ。
別に好意が有るわけではない。こんなことで後輩との繋がりが切れてしまうのが惜しいと思っていたから。
ただ、断言は出来なかったのはどうしてだろうと、思っていると松木が昨日のことを聞いてきた。
「俺と帰った後、お前たちどうしたの?」
「藤木さんのバイト先に一緒に付き添っただけだ。念のために」
「念のためってなんで?」
「あの後バイトだったらしく、あの顔で仕事しても無理だと思ったから念のために付き添ったけど帰された。俺の予想通りにな」
藤木さんのお母さんの所に寄ったことは言わなかった。そもそもいう必要すらないのだから。
それに言うと絶対に藤木さんに迷惑が行くのは目に見えていたから。
そんな善人もどき行為に感謝など必要なかった。
「で、お前は何してるの?」
「いや、この間北山先輩から教えてもらったソフトで遊んでるんだが?」
「それ面白いか?」
「最初は終わらなくてイラついたけど慣れたらどこまでやれるのか楽しくてさ」
「相変わらず、ハマるのが早いな」
「うるせ」
「ところで藤木さんは、見てるだけでつまらなくないのか?」
「私は、少しやってみたいと思ってるので先輩のをお手本にしようかと」
そう、パソコンの前にいるのは俺だけではなく藤木さんもいたのだ。
本人曰く、やることがないから見てみたいと少しやりたいから俺がやってるのを見たいということだった。
「なぁ、暇だから麻雀でもしないか?やることもないしさ」
「いいけど面子が足りないけど、どうするよ?」
「あ、そうか........」
そんなことを嘆いていると。2人から声がかかる。
「私もやりたいです。この間から見てたので少しなら出来ると思います」
「私も一応できますよ」
2人の女子が名乗りを上げた。藤木さんと小田さんである。
「なら、せっかくだからやってみようか」
「間違えても別に問題ないし、点数もある程度でいいしな」
「お前は間違えたら全員にジュース奢りな」
「「ごちそうさまでーす」」
「ちょ、ちょっとお前ら!」
コントを交えながら麻雀を始めることに。しかし、この音に慣れてしまうと隣の教室に申し訳ないって気持ちが薄れてしまうのはどうにもならない。
要は、楽しんだもん勝ちってやつなんだろうねきっと。
小田さんはやってるだけあって納得した。ただ、藤木さんに至っては前回は見ているだけでやっていないので大丈夫かなって思ったけど。
やってみた結果はというと……意外な結末っていうか、よく言うアレの恩恵なのかも知れない。
松木は、不思議な顔で俺に問いかける。
「なんで、俺ら負けるの?」
「いや、弱いからだろ?」
「いや、引きが強すぎだろう!」
「俺は、お前が間違わなかったのがつまらんよ」
「誰が間違うか」
「後輩思いの無いやつめ」
負けたけど、先輩後輩の交流ができたのが素直に嬉しかった。
「後輩に奢るのは百歩譲っていいとしてもお前に奢る意味がない」
「このやろう、捌いて業者に売り飛ばしてその資金で奢ってもらうわ」
「それって、もう奢りとかいう問題じゃないからな?やるなよ?」
「されたくなければ、さっさと奢ればいいだけの話だ。っていう訳でこれで後輩の分も買って来い。麻雀してくれたお礼ってことでな。ほれ!」
松木に500円玉を投げ渡して買いに行かせることにした。俺が出したんだからパシリくらいはしてもらわないと割が合わん。
そんなやり取りをしていると藤木さんが笑っていた。
「ん、どうしたの笑い出して」
「いえ、2人は仲いいなって思って」
「仲がいいというかこいつは俺のおもちゃのようなもんだからなー」
「お前のおもちゃになった覚えはない」
「あ、間違えた生徒会のおもちゃだった」
「つぶす」
「その前に俺に追いつけたらの話だな、早く行ってこい」
「でも、仲いいって言うなら2人だってそうじゃん。行ってくるよ……」
そんな訳で松木に買い出しに行かされた。
そう、藤木さんと小田さんは同じクラスだけあってとても仲がいい。一瞬、百合を思い浮かべてしまいそうになる。言ったら、確実にやられるの簡単に想像できるから。
まだ、いろんな意味で死ぬわけにはいかないので、今は心の奥にこの言葉をしまい込むことにするしかなかった。
この日から生徒会室で麻雀の音がする機会が多くなった。
その理由としては悲しいことに生徒会のメンバーがほとんど麻雀出来るほどになっていたので、生徒会の秩序が崩れた瞬間だった。
この学校だからもう何も言うまい。
そして、とうとう訪れた文化祭当日。
俺と松木は、クラスは放置して生徒会の手伝いに回った。
当然、逃げないように手綱を握っていたが別に首輪とかつけてないよ?
言葉の首輪はしたけど?
2日間で行われる文化祭はあれだけ事前に問題が起きた割にはすんなりと終わった。
いいとは言えないけどあれがあったから、これだけスムーズに事が進んだと思うことにした。
近くにいた松木に俺は声を掛けた。
「松木、少しだけ生徒会室にいるからなんかあったら呼んでくれ」
「ああ、分かった」
去年以上に頑張ってしまった所為か疲れが出てしまい、少しだけ生徒会室で休んでいた。
「ちゃんとやると文化祭も捨てたもんじゃないな」
後夜祭が始まり、ある程度仕事を終えて生徒会室でゆっくりしていたらドアが開いて意外な人物が入ってきて、俺の前に立った。
「志村先輩」
「藤木さん、どうしたの?なんかあった?」
「いえ、特に問題もなく進んでますよ」
「そうか。ならなんでここに?」
藤木さんがここに来た理由が俺には分からない。
勝手どっかに行くのは迷惑しかないので、松木にはここにいることは伝えてある。
少しだけ羽目を外した分の反動が今になって来てる感じである。
「松木先輩に聞いてたらここに志村先輩がいるって聞いたので」
「俺に用があったってこと?」
「はい、そうです」
「俺なんかやらした?なら、すぐ戻らないと」
自分がミスを指摘されるのかと思っていると斜め上の回答と行動が飛んできた。
藤木さんが突然、頭を下げてしまい俺は困惑していると。
「先輩、今回は何から何まで本当にありがとうございました」
「ど、どうしたの急に?」
いきなりお礼を言われて驚いてしまい俺は少し動揺してしまった。
お礼を言われる筋合いはない、これは生徒会全体の問題だったから。
俺がサポーターと言うならば役割を果たしただけなんだから。名の通りに。
「もし、先輩がいてくれなかったら私は文化祭の前に生徒会を去っていたかもしれなかったので」
「そんな大げさな」
「実際、先輩があの時泣いてる私の所に来る前は生徒会を去ろうと考えていました。でも、先輩がいてくれたから最低でも文化祭までは、ちゃんとやろうって思えたんです」
聞いてて胸が熱くなるが、別に俺は大層なことをした覚えはない。自分達のミスのカバーするための行為だったから。
そして、聞いてる中で『最低でも文化祭までは』という言葉に俺は一抹の不安を覚えていた。
彼女は、もう生徒会室にはこないのではないかと。
でも、正直な話をすれば俺らは彼女に対して、それだけのことをしてしまったのだから引き留めることはしたくなかった。
なので、俺は彼女が次に何言う言葉を待つことにした。
どんな結果でも個人的は当人の答えを受け入れるそのつもりで。
本当は受け入れたくないけどわがままは言えないし、言う権利すらないんだから。
そして、藤木さんが俺に放った言葉と言うと………
「私、最後まで頑張ります」
「え?」
「先輩のおかげで頑張ることができました。でも、これで逃げたりしたら何の意味もありません」
それは彼女の決意表明だった。
彼女のその言葉に、俺はただ聞いてるだけしかできなかった。
彼女が言っていることを否定したくなかった、彼女がこれだけ言っているのに俺が何も言わないのは失礼だと思い、答えを返すことにした。
「藤木さんが頑張ったのはみんなが分かっているし、もしこのまま逃げたとしても誰も責める理由なんてないよ。けど、俺は藤木さんがまだ生徒会に残ってくれるなら嬉しいな」
「こんな私でも生徒会にいてもいいんですか?」
「俺は単なるサポーターで必要不要とかいう権利はない、俺からすれば必要ない人はこの生徒会には1人もいないって思ってるし思いたい」
俺は藤木さんに自分の思ったことを素直に告げた。
彼女は驚いた顔をしていたが、今言ったことは別に当たり前のことで驚かれるのもどうかと思うくらいだ。
そして、彼女から一筋の涙が流れ頬をつたっていく。
「ありがとうございます。これからもよろしくお願いします!」
「こちらこそよろしくね」
お互いが言い合った時、ドアが大きな音を立てて開いた。
あのさ、元気がいいのは結構ですが勢いが半端なく、強すぎてドア壊さないでね。
「あー、しむが藤ちゃん泣かしてる」
「本当だ、なにしたの?なにされたの?」
唯先輩と小田さんが俺に問い詰めてくる。
タイミングがいいなっていうか、絶対覗いたな。この2人は……
まぁ、この状況ならそう思われてもおかしくはないのだが、すると藤木さんが割って入ってきた。
「違うんです、言われた言葉が嬉しくて涙が出ちゃって」
「あ、そうなんだ」
「てっきり、あれかと思ったよ」
藤木さんがフォローしてくれて小田さんはあっさり引き下がり、唯先輩は意味深な言い方をしてた。
唯先輩は、何故か不思議な笑みを浮かべていた。笑みの理由は、少しづつ分かるのだが……
全員が生徒会室に戻ってきて松木が声を上げる。
「さて、生徒会としての打ち上げはどうしようか?」
「来週の土曜日にカラオケでもします?」
「打ち上げは実費だけどな」
現会長・副会長の一人は軽音の打ち上げに行ってるため北山先輩と松木が出した提案により打ち上げがカラオケに決定した。
この一件で、俺は棘が胸に刺さっていることに気づく。彼女は俺にとって何なんだろうと思い始める。
それが『恋』だと気づかされるのはある出来事で発覚する。
※
『固く、動くことがなかった歯車の一つがついに動き出す、この歯車が回り出すことによって周りを巻き込んでいく』
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