縮まる後輩との距離

 俺と松木、藤木さんが駅に到着すると松木はバスで帰るということなので颯爽とバスに向かっていった。颯爽か?風を感じなかった。


 俺と藤木さんが残っていて俺は藤木さんにこの後どうするか聞いた。


「大丈夫か?最寄り駅で付き合おうか?」

「いえ、大丈夫です。それに今からバイトなので」

「え?」


 この後バイトって聞いて居ても立っても居られない感じがしたので少しばかりお節介をしてみた。


「余計なことかもしれないけど、その顔でバイトできるの?」

「た、たぶん大丈夫だと思います……」

「もしかして、人と顔合わしたりするの?」

「はい、接客業なので」


 いや、俺も接客してるけどその顔でお客様を迎える気にはならんのだが?やっぱり彼女は曲がったことが嫌いな人だったみたい。


「でも、いつもの時間より遅いよね?」

「学校出る前にバイトの先輩に連絡は入れてあります」

「そっか、とりあえずバイト先まで一緒に行ってもいいかな?」

「は、はい大丈夫です」


 少し驚いた感じで答えた彼女は、俺がバイト先までついて行くことに了承をくれた。基本、ついて行くだけのつもりなので何も言うつもりはないけど。


 彼女のバイト先は商店街のコーヒー店で、店の前まで来るとコーヒー豆のいい匂いが漂っていた。


 と、言ってるが俺はコーヒーはあまり飲めないけどね……お子様なので。飲めたとしてもミルクと砂糖をかなり入れないと飲めないほどの甘党だから。


 藤木さんはバイト仲間と思われる人に声を掛けていた。


「すいません、梅山さん遅くなりました」

「ひとみちゃん学校お疲れ様。って何その顔は?」

「え、そんな変な顔してます?」

「変というかとてもじゃないけど接客できる顔してないよ?」


 ……そりゃそうだ。泣き面が前面に出てたら誰だってそう思うよね。俺はバイトの人がこの顔を見て、どう判断するか確認をしたかっただけでまさかの俺と同意見だった。


 バイトの先輩だと思われる女性、梅山さんが藤木さんに。


「今日は、私が最後までやっておくから今日は休みなさい」

「でも………」

「『でも』じゃないの!そんな顔でいてもお客様は寄ってこないよ」

「わ、分かりました………」


 藤木さんはあまりの剣幕に諦めて頷くしかなく、梅山さんは俺を見てきた。


 一体、俺になんの用だろうかと待ってると?


「ねぇ、彼氏君」


 はい?彼氏って俺のことか?周りを見渡してもいるのは男で俺だけなので。


 この状態でも嘘はつきたくないので。


「違いますよ、俺は藤木さんの先輩の志村って言います」

「そうなんだ?一緒に来るから彼氏かと思った」

「いやいや、文化祭の件で一緒にいてちょっと不安で」

「あー、そんな時期か。それじゃ、志村君。ひとみちゃんお願いできるかな?」


 梅山さんは俺に藤木さんを『送って行け』と言ってきた。まぁ、最寄り駅までは嫌われる覚悟で行くつもりだったから全然構わないけど。


 初対面の人にバイト仲間を任せていいのだろうかと。


「君なら信用してもいいかなって」

「それって今まで他の男の人が信用ならなかったってことですか?」


 藤木さんの交友関係に関しては知らないことが9割なので、以前も誰かと一緒に来てる可能性があると思っていた。


 梅山さんから帰ってくる答えはこうだった。


「そうゆうことじゃないよ。バイト先に人連れてきたのは君が初めてじゃないかな?まして男なんて誰1人会ったことないよ」


 そう言われてしまっては断ることはせず、俺は頷いた。


「わかりました、無事に藤木さんを送り届けます」

「よろしくね、志村君」

 

 藤木さんも弱弱しい声であったが、先輩に再度謝罪していた。


「それでは、先輩すいませんがよろしくお願いします。梅山さん、店長にもすいませんと伝えてもらえますか?」

「あいよ、しっかり休むんだよ。お礼に関しては後でメールするね」

「はい、では失礼します」


 俺と藤木さんは、梅山さんにお礼を言ってこの場を去った。


 お礼とは言ったけど、大変なことにならなければいいけど。それを感じ取ったのか藤木さんは俺に顔を向けてこう言ってきた。


「大丈夫ですよ、お礼とは言ってますが大したことじゃないので」

「一種の社交辞令みたいなもの?」

「そうですね、そう捉えてもらえればいいです」


 俺が思っていたことは、どうやら杞憂だったらしい。藤木さんと駅に向かう手前に彼女が足を止めた。


「どうしたの?」

「いえ、すいません駅に行く前にちょっと寄りたい所があるんですが時間大丈夫ですか?」

「俺は、全然問題ないよ。どこに行くの?」

「お母さんの所です。すぐ近くで仕事しているので」

「そうなんだ、なら俺はこの辺にいようか?」

「もし、大丈夫ならついてきてもらえると助かります」


 弱弱しくも、お願いされたら断るも断れないので俺は、藤木さんのお母さんの仕事場に顔を出すことになった。


 お母さんの仕事場は駅のロータリーの所にある店だった。藤木さんは何の躊躇もせずに入店したので俺も流される形で入店した。そこは理髪店だった。


「お母さん」

「あら、ひとみじゃない?バイトはどうしたの?」

「ちょっと事情があって休みにしてもらったの」

「ああ、そうゆうことね」


 藤木さんのお母さんは彼女の顔を見て察した。あの顔を見れば誰でも分かることなんだけど。2回目だけど。


「それで、どうしたの?」

「今から帰るから夕飯どうするか聞こうと思って」

「そうしたらお願いできる?あとかっちゃんの迎えもお願いできる?」

「うん、わかった」

「それで、後ろにいるのはもしかして彼氏かしら?」


 ん、なんかデジャヴが発生したけど?


 まぁ、後ろに男がいたら確かにそう思うかもしれないけどせめてお友達?とかいう流れにならないのか不思議でしょうがない。だって、俺普通だよ?


 っていうか2回目の会話多くない?


「ち、違うよ。生徒会で仲良くさせてもらってる先輩だよ」

「あら、そうなの?」


 これまた、慌てるような仕草を見せながら俺のことを紹介していくと、意外な顔で言葉を交わす。


「文化祭の件で迷惑かけちゃって。それで心配してくれてバイト先まで付き添ってくれたの」

「そうゆうことね、とてもいい先輩ね。大事にしなさいよ」

「うん、そうだよ。これ以上迷惑はかけないようにする」


 仲のいい親子だなーって正直に思ってたらお母さんに声をかけられた。俺としては『迷惑』なんて一切思ってないからいいけどね。


「はじめまして、ひとみの母です」

「はじめまして、2年の志村といいます。余計なお節介とは思いましたが、心配だったので勝手についてきてしまいました」

「ひとみ、いい人じゃない!ねぇ、志村さんは彼女は?」

「いえ、自分はモテないのでいません」

「あら、そうなの。ひとみ、チャンスよ!」

「なにがチャンスなのよ!?」

「なにがって分かってるくせに~」

「わ、私達そうゆう関係じゃないから!」


 なんか、いきなり恋バナ始めたけど仕事場だよねここ。


 一瞬にして蚊帳の外へ追い出されてしまいました。お母さま?お仕事はよろしいんでしょうか?っていうか女性同士の恋バナ威力すごいのを初めて知ってしまった。


「迎えが遅くなるからもう行くね」

「はいはい、帰ったらまた聞くから安心してね」


 何が安心なのか?俺は安心だけど。


 藤木さんは帰っても追及されるらしいが、俺にどうすることも出来ないので心の中で手を合わることにした。

 

 店を出ると藤木さんの申し訳ない感全開で謝罪してきた。


「ほんとにすいません。うちの母と梅山さんが」

「大丈夫だよ、俺からすれば役得だし。逆に彼氏なんて思われてごめんね」

「い、いえそんなことは………」


 最後だけが舌足らずのような感じになっていたが気にしないことにした。


「迎えに行くのは弟?」

「はい、弟の克彦です。今年長さんなんですよ」

「姉弟は二人だけ?」

「3人で私が一番上で克彦が一番下になります。あと真ん中に弟がいます」

「俺も3人兄妹だな。俺が一番上で真ん中に弟、下に妹がいる」


 なんか、家の構図がやけに似ている。

 

 実は、さっき自分から理髪店に入ったのは初めてだった。普通に考えればあり得ないし、髪は必ず伸びるものだ。そうすれば必然と理髪店に行くはずなのだが例外がある。


「なんか家の構図が俺とそっくりだ」

「もしかして、お母さんが理容師だったりします?」

「大正解。もう人前じゃ切ってないけどね」

「ふふ、色々と似てますね私達」


 藤木さんは、さっきとは打って変わってとてもいい笑顔をしていた。この笑顔を見れただけでも役得かなって不思議とそう思えたが理由はわからない。


 ただ、多少環境が一緒なだけで親近感が湧いただけかもしれない。


 そんな時、ふとあの時の会話の一部が頭の中でリフレインされていた。いや、きっと勘違いだ。梅山さん、お母さんに言われたのを真に受けてどうする。

 

 俺は、違うと自分に言い聞かせていた。でも、時間が経つにつれて無駄なことだと実感するのはちょっと先のこと。


 その後、藤木さんの弟と一緒に夕飯のお買い物に付き合いながら彼女の家路まで付き合ったのだった。


 藤木さんと俺の家の距離は歩いて20分くらいだったので徒歩で帰宅した。


 ※


『ギギィと重い音を立ててカタカタと歯車が回り出す音がかすかに聞こえた気がした』

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