<本編スタート>戻ってきたあの頃


 ちゅんちゅんと小鳥のさえずりが聞こえてくる……うるさい、頼むからもう少しだけでいいから寝かせてくれ……


 朝、ふと目を覚まして見慣れた天井を見上げている俺。


 起きようとするけども身体が重いのは、夜遅くまで本を読んでる所為である。


 でも、やめられない。読んでると引き込まれてしまうのだ……怖いくらいに。

 

 太陽の光を浴びて身体を起こすと周りにはラノベのタペストリーなどが飾ってあるはずなのだが、違和感に襲われる。


 自分の部屋なのに、自分の部屋じゃない異様な感じが周りを見てみると、その違和感の正体が明らかになった。


 あれがないのだ。目の保養にもなってる大切な物が………それは。

 

「ない。俺が執念で集めたタペストリーがない!」


 そう、俺の部屋の周りは普通の人が見ればドン引きするほどのタペストリーが大量に飾ってあるのだが………それがないのだ。


 しかし、よく見ればいつもと違う違和感を覚えた。


 タペストリーではなく、プロサッカー選手のポスターと好きなアーティストのポスターが貼られていた。

 

 当時の俺は、サッカーだけを心から楽しんでいた人間だったから。


 その時期といえば、今からもう13年前の俺の部屋がそうだったからだ。


 13年前って分かる理由は簡単で目を覚ます前の年齢が30だからだ。

 

「な、なんで?嘘だろ、これって夢……なのか……」


 どうしてこうなったのか自分でも理解できなった。

 何故、この時に戻ってきてしまったのか。


 いや、この時に戻った夢を見ることになったのか?

 

 夢なんだって思うことにしたけど、それでも不思議な感覚は変わらない。身体や思考、今の記憶がある。


 しかし、基本的な行動に関してはこの頃の俺が優先されてるようで、頭が落ち着けば、ラノベやタペストリーがなくても問題ないらしい。


 そして、自分の思い通りに動くもんだから一瞬、戸惑ってしまった。

 

 しかし、今の記憶をフルで利用することは出来ないけど記憶があるっていう程度のようだ。なので、喋っているのは当時の俺のままだと言うことになるのだ。


 当然、事のすべてを覚えてる訳でもない、大事な事は覚えてるが日常のことなんて覚えられるほど頭は良くないのだ。


 けど、この夢を見てる以上はきっと何かあるだろうと、頭をフル回転させると一つの仮説が出てくる。


 今までは、夢だけを見て眺めているだけだったのが今回は身体も思考も働きもする。


 今の記憶もあるのに、今の記憶は利用出来ないってことになる。意味の分からない状態だけど。


 後程になって分かることだが、どうやら未来を大きく変えない程度なら、言葉を言い換えることが出来ることが分かった。


 しかし、行き着く結果だけは変わらないような気がした。


 簡単に言えば、パラレルワールドの類である。それか某アニメのシュ〇インズ・〇ートような状態である。繰り返す気もないがな。


 ということは俺ができることは一つだけ。


 俺と彼女の大事な出来事の後から、彼女の卒業の少し後くらいの間をもう一度自分のやりたかったことを出来るということなのかもしれないことに。


 この夢を見る本当の理由があるのではないかと、そうでなければこの夢をまた見ることはない。


「こればかりは色々やってみないと何とも言えないか。それなら学校に行くのが一番だよな、なんせ今は学生の訳だし」


 考えてみたら、当時の時でも最高の思い出には変わりはないけど、もっと彼女の為や自分の為に出来たことがあったのではないかと思う。


 その頃でも十分すぎるほど出来ていた気もするけど。


 どうせ、醒める夢で現実に戻ればそれすらも単なる過去に過ぎない。


 いい思い出に、少しだけ色が付いたようなものだろう。


 ならば俺が自分の為、そして彼女の為になるようにしようと思ったのだ。


 ただ、この夢がどこで醒めるのか分からないのが痛いところだが……予感だが、最後まで見る気がする。


「あれだけは、そう何度も見たくないんだがな」


 そんな言葉が口からこぼれたが、この言葉の意味は各々が理解してもらえると助かる。


 良い意味なのか悪い意味なのか?両方とも捉えられる言葉だろうから。


「『あの頃』をもう一度思い出せってことかな。確かに、ここ最近は完全に怠けていたからそれを正すためってことになるのか」

 

 この戻ってきた時が一番恋愛をして、人生の絶頂期と言っても過言ではない時期だったのだから。


 この時だけは、本当になにもかも全力だったな。自分が驚くくらいに。


 この時に大事なものを沢山手に入れたからでもあるが、俺はその中の一つに対して不甲斐ないことをしてしまっている。


 それを正すための夢だと思うことにしたが、何故ここまで戻るのかは不思議だった。


 それは彼女に出会い、その後に見つけたものだからここまで戻る必要が無いはず。


 とにかく、こうなってしまってはどうにもならないので、夢が醒めるまで流れに身を任せて行こうとするかな。


 とりあえず、自己完結してスマホを見ようとするが、スマホがないっていうよりもそこにあったのはスマホではなく。


 「ケータイか」


 流石にこの時にスマホがあるのはおかしいと思い、ケータイを手にする。


「懐かしいな、今じゃほとんど見ないのにな。しかも、メーカーがIDOって」


 最早、完全に独り言を言ってる寝起き人間になっている俺。家族に見られたらどう思うのか。


 どうやら本当にあの頃のようだ。これを見てしまったらいい訳のしようのない。


 久しぶりに見て触ってせいか、ケータイをパカパカ開けたり閉じたりして遊んでみた。


 この時のケータイはやっとインターネットが普及した頃で、着メロやストラップの大量付けが流行っていた時期でもある。俺も色々やってもらったな………懐かしい。


「今見ると違和感しかないわ」


 ある程度、遊び終えてケータイの時間を見ると8時を回っていた。あれ確か、今日って学校だったよね?


 日付と曜日を確認すれば勿論。


 へ・い・じ・つなので。


「あ、もう遅刻確定じゃん」


 そう言いながらも呑気に着替えをしている自分がいた。


 そして、親に怒られるルーティン。焦ってることなんてなかったもんな本当に。


 これが、俺の日常かつ平常運転。


 むしろ、遅刻しないで登校することが異常なのだが、俺の場合はもう遅刻って分かることがある。


 それは、学校に行くための電車の発車時刻である。


 俺の学校は大変面倒な場所にあり、尚且つ電車の本数が少ないのと時間によっては、ある大企業に向かってしまう。


 学校に行くまでに最低40分は掛かるのでよって遅刻が確定する。

 

 なので、遅刻が確定した日には3日に1回はファストフード店で買い物して片手に学生カバンではなく、週間誌とファストフードと遅刻の紙の3点セットで教室に入る流れになっていた。


 俺の行動に対して担任の先生はとっくに呆れられている。


「今日も遅刻ってことはいつも通りだな」


 なんて、アホなことを言っているが本当のことである。1年の時で遅刻回数が150回越えしており、遅刻するのが当たり前となっていた。


 ちなみに、当学校の登校日数は216日なのでほぼ毎日遅刻してる計算になる。


 正直、大学進学とか興味ないので別に遅刻しても、内申はどうでもよかったのだ。


 高校なんて卒業できればいいやなんて思いだった。あの時までは………

 

 あ、自己紹介忘れていた。


 俺は、志村一彦。県立の高校に通うごく普通の高校2年生である。


 県立の高校と言っても一番下と言ってもいいほどの高校なので、ほぼ誰でも入れる気がする。


 余程のことをしていない限りは、滑り止めで入れると聞いてる。


 容姿は至って普通。頭は当然悪い、存在も薄めで見事な3重苦である。


 今更だけど、自分を自虐しても意味もないのだが………こんなだから彼女が出来ないのである。


 「俺でも入れるんだもんなー」


 なんて軽口を言っているが、実際のところはそんな陳腐なことで片付けられる事ではなかったから。


 小・中と暗黒期だったので勉強は全然だった。もとより頭は全く良くないから、行ってたとしても大して変わらない気がする。

 

 受験勉強の際に親から冬なのに、やかんで水をかけられたこともあった。


 それを酷いとは思わない訳ではないが、そうなる気持ちは分かる。

 そんなことがありながらも入学できたのはやっぱり嬉しかった。


 なんせ、普通の人は滑り止めで済むが俺の場合は、滑り止めどころかここしかなかったのだから。


 そこまでして入ったのだから、嬉しくないって言ったら罰が当たるだろう。

 

 でも、意外と高校生活は楽しかった。9年間が嘘のようだった。


 地元の人間が9割いない分、周りが人達がいろいろ変わった人ばかりで、面白くちゃんとした会話が出来ていた。


 そうして、1年が経ち2年生になった。


 そんな俺に一陣の風が吹いたのが分かった。


 それは、俺のこれからを変えてくれる風のような気がした。


 家を出た途端、俺の意識は当時の俺になっていた。まるで二重人格のような感じで内と外で会話してる感じだと思ってもらえればいいかもしれない。


 そして、ここからが本当の物語の始まり。


 恋が愛になり、そして……始まりがあれば終わりもある。それがどのような結末を迎えるのか?


 ハッピーエンドなのかそれとも……どっちにしても俺にはこれまでには無い最高の時間だったと心から言えるのは間違いないのだ。


 これが、奇跡の始まりだったのかも知れない。

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