第9話 ーいちかの言葉ー


 この日咲良は一果と近所の沖縄料理屋で飲んでいた。

 ゆったりとした沖縄リズムが流れる店内。心も落ち着く空間。

 何よりここのもずく天ぷらが実に美味しい。


 一果はクールでめんどくさいことを嫌う性格。に見えるが、実は心の奥に暖かいものを持っているそんな性格。


 この日は珍しく一果から咲良に飲みに行こうと声をかけた。

 最近の咲良の様子が気になっていたのだ。


 そんな一果との会話はアイドルの話。

 一果は清楚で控えめなアイドルが好きで咲良と意見が合う。



「ところで、別れたんだって?」


 一果から話を切り出した。


「…うん。もう自分が一体何をしたいのかがわかんなくなっちゃったの」


「そうか。最近元気なかったよなぁ〜」


 一果はタバコを吸いそしてその空気を吐く。

 吐き出されるタバコの煙が優艶に宙を舞う。


「別れてしばらくモヤモヤしてたけど、その気持ちはもう吹っ切れたからいいんだけどね、恋人に感情をぶつけ合うって難しいなって思ったの。喧嘩はあまりしたくないと言うか…」


「なんやろな。咲良の年代なのか最近の子は自分の意見を持たんというか、平均的なことしか言わんよなぁ。もっと自分の事好きになりぃや。」


 そういう一果に咲良は自分の年代を客観的に見たことがなく少し戸惑った。


 しかし、咲良はその時ふと就活の時のことを思い出した。

 中学3年生の頃にアメリカ市場を震撼させたリーマンショックが起き、以降の景気の低迷に伴い、咲良の世代は先の見えない不安を無自覚にも持っていた。

 それを身をもって体感したのの就職活動の時だ。

 入社試験や面接にも対策マニュアルがあり、書店、ネット、至る所に溢れていた。

 大学のゼミでは卒論よりも就職率にフォーカスされ、100社エントリーするのは必須だった。

 面接では事前にネットで無難な回答を準備してから挑んでいた。

 企業の質問シートは枠をはみ出るまで書くと落とされる。

 そこで社会には順応性があるかを図られている。

 自分を表現する色は?と聞かれたら、白色と答えとけばいい。

 派手な色は社内で悪目立ちしそうだから。そんな無難な道を選べと言わんばかりの情報が溢れていた。

 働き方改革、パワハラなんて言葉が言語化される少し前だったからか、今考えると可笑しい。それに、社会に出て新入社員と呼ばれる頃にはゆとり世代と言われて、自分が決めた事でもないことでもないのに、勝手にレッテルを貼られる。

 ゆとりだしと開き直り人もいる中で、ゆとりという言葉に操られ踊らされたくない人はバカにされるのを見越して先回りして調べ失敗をしたくない人もいた。


 人それぞれだが、咲良はどちらかというと後者。

 相手に好かれる為に事前に調べることには長けている。

 一方で本当にそれが本来の自分の姿なのかと言えば、違う。


 社会人経験5年目になる咲良はいつのまにか自分を犠牲にすることで周りに溶け込む術を身につけてしまっていた。

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