第8話 5月3日
雪斗は雑草が生い茂った暗い空間を走っていた。鉄のフック体を突き抜かれ、吊るされてしまった仲間を助けるためだ。彼にはもう残されている時間が少ない。脱落までせいぜい後一分くらいだろう。すでに二人の犠牲者が出ている今、残された人間は自分と彼の二人しかいない。なんとしても助けなければ。
雪斗はふと足を止める。心臓の音が聞こえたからだ。ヤツが近くにいる。雪斗が彼を救助しに来ているかを確かめるためだろう。雪斗は足跡を残さないようにゆっくりと歩き、近くの大木に身を潜めた。チェーンソーの音がフィールドに響いたと同時に心臓の音は聞こえなくなった。
おそらくヤツは彼のもとから離れたところだろう。なら今がチャンスだ。そう確信した雪斗は、全速力で彼の元に向かった。
しばらく走ると彼が見えてきた。彼はフックに吊られながら、フックの根元から伸びるおびただしく黒い針の様なものに刺されないよう必死に抵抗していた。もう時間がない。雪斗は急いで彼をフックから救いだそうとしたそのときだった。
チェーンソーの音が響き、心臓の音が聞こえ始めたのだ。
雪斗は彼をフックから救助した瞬間走り出そうとしたが、すでに手遅れだった。ヤツは目の前まで迫ってきていて、もう避けられなかった。大きく振りかぶられたチェーンソーに雪斗は切りつけられ、その場に倒れ込んだ。ヤツはその勢いのまま彼を追いかけ、今度はハンマーで彼を殴り透けた。屈強な彼も悲鳴を上げてその場に倒れ込む。
雪斗たちの完敗だった。
雪斗のスマートフォンが鳴った。LIME通話の音だ。画面を見るとみゆきの名前があり、雪斗はすぐさま応答した。
「お疲れー、また私の勝ちだね」
通話口からみゆきのご機嫌な声が聞こえた。
「藤代さん、ほんと強すぎない?」
「まあ、経験の差かな?」
ふふ、と笑う声も聞こえた。
時刻は午後三時、彼らは昼間からゲームをしている。すでに一時間程プレイをしているが、すべてみゆきが勝利を収めている。
ゲームの名は『デッド・バイ・デッドライン』、頭文字を取ってよくDBDと略される。四人の生存者と一人の殺人鬼が対峙する非対称型対戦ホラーゲームである。
雪斗が生存者、みゆきが殺人鬼でプレイし、いずれの試合もみゆきが全滅をとっている。
「もう一回やろう」
次こそは勝つから、と雪斗は提案した。このまま負けっぱなしで終わるわけにはいかなかった。
「いいよ、また勝ってあげる」
にやりと笑みを浮かべながら、みゆきは勝負を引き受けた。みゆきは雪斗よりも先にこのゲームを始めているが、この一時間一度も手を抜いてはいない。
二人でマッチング待機部屋に入り、キャラクターを選択する。みゆきは先程と同じようにチェーンソーを持った殺人鬼を選択、雪斗も前回と同じようにドレッドヘアの女性を選択した。
プレイヤーが集まり、ゲームが開始された。それと同時に二人は通話を切った。陣営が違うので、お互いの情報を渡さないようにするためだ。
ステージは住宅街が選ばれた。先程の貯蔵庫のマップとは違い、建物が密集している地形だ。
雪斗は軽く走り、発電機を探した。このゲームでの生存者の勝利条件は脱出すること。そのためにはステージ内に設置された発電機を五個修理し通電させ、脱出の門を開かなければならない。
二階建ての家の側面に発電機を見つけた。雪斗は通電作業に取りかかる。だがやはり修理スピードが遅くなっている。これは「呪い」だ。殺人鬼にカスタマイズ出来る能力の一つである。これを解くためにはフィールド内のどこかに生成された呪われた人形を破壊する必要がある。探しに行きたいがそれを探すために時間を取られて通電作業が遅れたら本末転倒だ。それに二回前の対戦の時にそれをやって負けたばかりだ。人形を探しに行きたい気持ちを抑えて、雪斗は修理に専念することにした。
半分ほど修理が終わったところで、チェーンソーの音と女性の悲鳴が聞こえた。画面左下にある、他のプレイヤーの状態を示すアイコンが瀕死状態に変わった。チェーンソーに切りつけられてしまったようだ。
雪斗がいるところと切られた人の場所はステージの対角線の位置のため、救助は他のプレイヤーに任せて、修理を続行することにした。しかし、その決断をした瞬間だった。野太い男の悲鳴が響き渡り、瀕死状態になった。倒れた位置が先程の女の人が吊るされたすぐそばだったので、無理に救助しようとしてしまったのだろう。生存者四人のうち二人が吊るされてしまった。なんとか状況を変えるべく、雪斗は修理を中断して、救助へと向かった。
その後、雪斗は救助に成功したが、状況は好転せず、殺人鬼みゆきのペースだった。誰かを助けると誰かが倒れ、またその人を助けると、今度はまた別の人が倒れた。
雪斗はその生存者達の救出、治療を繰り返したが、ただの時間稼ぎにすぎなかった。一人、また一人と脱落し、ついに雪斗一人になってしまった。
「藤代さん上手すぎないか……」
思わず一人で呟いた。
修理の完了した発電機はわずかに二個。残りの発電機を一人で修理吸うことなど、不可能に近い。
ほとんど敗北の状況だが、実は一矢報いる方法がある。それは緊急脱出口からの脱出だ。このゲームには救済措置として、最後の一人になってしまったときに開くハッチが存在する。ただそのハッチはフィールド内のどこに出現するか分からない。
雪斗は急いでハッチを探した。みゆきより先に脱出口を見つけなければ。
平屋の中に入ったとき、中央に四角い何かが見えた。緊急脱出ハッチだ。雪斗が近づこうとしたとき、不吉な音が聞こえた。心臓の音だ。それもかなり近い。
みゆきもハッチの場所に気づいたようで、雪斗が入った入り口とは反対側から入ってきて、雪斗に迫ってくる。
このままでは捕まる。そう思った雪斗はハッチの目の前にある太い柱を使ってフェイントをかけた。みゆきの進度がずれる。よしかかった、そう確信した雪斗はハッチに飛び込もうとした。
だがそれはかなわなかった。飛び込むモーションに入った瞬間、みゆきは反転し、雪斗をつまみ上げたのだ。
「はい、私の勝ちね」
対戦終了後、通話を始めた瞬間、みゆきの勝ち誇ったような声が聞こえてきた。
「最後惜しかったんだけどな」
「あれくらいじゃ私は引っかからないよ」
ふふっ、と笑う声が聞こえた。
「よし、もう一戦やろう」
「ねえ、そろそろ陣営変えない?」
もう一時間半もやってるし、とみゆきは提案した。その提案に雪斗は少しためらいがちに答えた。
「いや、あの、あともう一回だけ挑戦させてください」
「……よかろう、全力でかかってきたまえ」
みゆきは余裕の笑みを浮かべて答えた。
少し傾いた日が、完全に沈むまでゲームは続いた。
となりどうし 柚月ゆうむ @yuzumoon12
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。となりどうしの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます