第4話 4月30日②

 ノートパソコンのディスプレイを前にして、雪斗は背伸びをした。目をぎゅっとつぶっては開くという動作を数回した後、ゆっくりとパソコンを閉じた。ふと紅茶を飲みたくなったので、雪斗は立ち上がり台所に向かう。お湯を沸かしながら時計を見た。針は九時十五分を指していた。もうそろそろみゆきが来る頃だ。お湯は少し多めに沸かしておこう、と雪斗は思った。

 ヤカンの笛がなり出したところでチャイムが鳴った。みゆきが来たようだ。ティーパックだけは入れてしまおうと、雪斗がドアを開けに行かずに作業していると、せかすようにチャイムが連打された。待たせていることに少し罪悪感を抱きながらも、ちょっとくらい待っていてくれよ、と心の中で悪態をつきながらドアを開けた。

「ごめんごめん、遅くなった。でもそんなに鳴らすな」

「ごめんなさい。でも夜になると外は寒くて」

 ジャージ姿のみゆきはポケットに手を入れ、縮こまっていた。

「あー、そうだったのか」

 雪斗は慌ててみゆきを部屋に入れた。

 部屋の明かりに照らされると、みゆきの髪は少し濡れていて肌が少し艶やかなのが分かった。さっきお風呂に入ってくる、と部屋を一度出て行ったことを思い出した。

 色気のないジャージ姿だが、風呂上がりのためか妖艶さが感じられつい見とれてしまった。

「ねえ」

「あっ、ああ、何?」

「私にも紅茶、お願いしてもいい?」

「ああ、分かった」

「今度はミルクでお願いね」

表情は変わらないがなんとなく圧力を感じた。さっきのことを警戒しているのだろう。

「分かったよ」

 そう答え、雪斗はまた台所へと向かった。

「それで、読んでくれた?」

みゆきが雪斗の背中に話しかけてきた。

「ああ、読ませてもらったよ」

カップにお湯を注ぎながら雪斗は答える。

「ど、どうだったかな?」

「うーん、そうだな」

お湯を入れたカップを手に取り、みゆきに渡した。ありがとう、とみゆきは受け取る。

「悪くなかったと思うよ」

「そうかな」

みゆきはじっと雪斗の目を見ながら、少し口元を緩めた。雪斗からは上目遣いしているように見え、思わず視線を外した。

「絵は綺麗で見やすいし、話も王道の学園ものの感じで分かりやすい」

そう言いつつ、みゆきの向かい側に腰を下ろす。

「よかった、ありがとう。……それで、悪いところは?」

「うーん、そうだな」

雪斗は目線を天井に向け、考える仕草をした。みゆきは雪斗をじっと見つめて待つ。

「うまく言えないんだけど――」

 雪斗はゆっくりと口を開いた。言葉を慎重に選んでいる。

「なんとなく、素人感っていうのかな。台詞とか展開とかにちょこちょこ感じる、かな」

「なるほど、素人感か・・・・・・、なんとなく言いたいことは分かるよ。私も自分で見て感じることあるし」

 そう言いつつ、カップに手を伸ばし、少し冷ましてから、ミルクティーを口に含めた。軽くため息をつく。

「ごめん、知ったようなこと言っちゃったかもしれないけど」

「ううん、全然。感想くれてありがとう」

「なにかあればまた協力するよ。まあ、俺が出来ることならだけど」

「本当? いいの?」

「ああ」

 雪斗は素直に応援したいと思った。夢や目標を特に持つことが出来ていない雪斗には、みゆきは輝いているように見えた。そして、それと同時に、自らの陰も意識してしまう。俺は前に進めているのだろうか。

「なんでも?」

 みゆきは目を輝かせ、机に身を乗り出してきた。

「まあ、出来ることであればな」

 思わずそう答えてしまった。それを聞いたみゆきは、少し笑って口を開いた。


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