第2話 4月29日

 日が完全に登りきり、雪斗の部屋には少し強めの日差しが差していた。時計の針は十時を指している。

「うぅ、ん? ……あれ?」

 みゆきはゆっくりと顔を上げ、あたりを見渡す。

「あ、起きた?」

 みゆきが起きたことに気づいた雪斗は、コップ一杯の水を差し出した。

「あれ? ……何で雪斗が私の部屋に?」

「いや、ここ俺の部屋だから」

「え、ああ、そうか。ごめん、寝ぼけてた。……水ありがとう」

 眠そうな目をこすりながら、水を一口口に含んだ。

「あれ? ……なんかいい匂いね」

「ああ、今朝食を作っているんだ。もうすぐ出来上がるから、ちょっと待ってて」

「そうなんだ。ありがとう。待ってる。顔洗って来てもいい?」

「ああ、今のうちに行っておいで」

 そう言って、雪斗はキッチンへ戻った。

 皿に少し味噌汁を垂らし、味見する。

「ちょっと薄いかな」

 おたまで軽く味噌を溶かしてかき混ぜる。もう一度味見をし、問題ないことを確認して火を止めた。

 ご飯と卵焼きに味噌汁をそれぞれ器に入れ、丸テーブルにセッティングをする。

「何か手伝うことある?」

 顔を洗い終えたみゆきがひょっこりと台所に顔を出した。

「いや、もうやることは終わったから、大丈夫だよ」

「そっか、じゃあ片付けは私がやるよ」

「いいの?」

「うん、昨日部屋散らかしたうえに、朝ご飯作ってもらっちゃったし」

「散らかしたって言うほど散らかしてはなかったけどな」

 みゆきはリモコンを手に取り、テレビをつける。数人のタレントが商店街を巡り、おいしそうにみたらし団子を頬張っている。

「はい、お待たせしました」

 テーブルに朝ごはんが並べられた。

「あら、思ったより美味しそう」

「……褒め言葉ってことにしておくよ」

 雪斗は少し笑って答えた。

「では、いただきます」

 軽く手を合わせ、食事を始める。

「卵焼きふわふわ。……男のくせに生意気ね」

 理不尽な悪態をつきながらも、美味しそうに食べている。

「男のくせには余計だ」

「はあ、私も早く自炊出来るようにならないとなぁ」

 みゆきがため息混じりにつぶやく。

「えっ、みゆきって自炊してなかったのか」

「えっ、……ええ、そうよ。何か文句でもあるの?」

 みゆきは箸を置き、ジトッとした目で雪斗を見る。

「いや、文句はないけど、今までどうしてたの?」

「今までは、学食で済ませたり、あとはコンビニのお弁当とかインスタントとかレトルトとかな」

「それだと、食費もかさむし、健康に良くないぞ。それに女なんだから、料理くらい出来ないとねー」

 雪斗は悪戯っぽい目をして言った。

「雪斗、女だからって言うのは差別的発言よ」

「さっき藤代さんだって言ってただろう」

「あら、そうだったかな」

 二人は少し笑った。

「でも、本当に自炊は出来た方がいいぞ」

「そうね。でも最悪、佐貫くんに作ってもらえばいいかなって」

「そんなこと言ってたらもう作んないぞ」

「えっ、もう作ってくれないの?」

 がっかりした顔で言った。

「へっ、あぁ、まあ、慣れるまでは作ってあげますよ。だから、そんな顔するな」

「ほんと、やった」

 そう言って、みゆきは笑ってみせた。

「じゃあ、今日の昼はよろしくな」

 雪斗は意地悪な笑みを浮かべた。

「えっ?」

「早く慣れるためには早く始めないとな」

「いや、そんな急には……」

「藤代さんの手料理食べてみたいな」

 雪斗はそう言って白い歯を見せた。

「そ、そう。じゃあ、頑張る」

 みゆきは、少しうつむきながら応え、卵焼きを一口食べた。

 そして、昼下がり、みゆきの部屋にて、二人は四角いローテーブルを囲み座っている。


「……」

 苦笑いを浮かべるみゆきの目の前には、黒くなった卵焼きが皿に盛られていた。

「……では、いただきます」

 雪斗が両手を合わせ、スクランブルな卵焼きを一つつかんだ。

「あのね、無理はしなくていいよ」

 みゆきは、申し訳なさそうに言った。

「大丈夫だよ。せっかく作ったんだから」

 そう言って、雪斗はご飯と一緒に卵焼きを頬張る。

 みゆきはそれを心配そうに見つめながら、感想を待つ。

「うん、まずいな」

 にこやかにそう言って、お茶を一口飲む。

「まあ、そうよね。本当ごめんなさい」

「いや、謝ることはないよ。作ってくれたんだからさ」

「ありがとう、いつか上手くなるから」

 みゆきはうつむきながらも、自分の作った昼食を食べ始める。まずいまずいと顔を歪めながら。

「どうやったらあんな風にふわふわっとしたものが出来るの? ……それにひっくり返した時にぐちゃぐちゃにならないのもおかしいよ」

みゆきは抗議するような目で雪斗を見つめた。

「うーん、まあ、慣れかな。何回かやってるうちに自然と感覚が身についてきたから」

「はあ、こういうことになるなら、家のこともっと手伝っておけばよかったなぁ」

「まあまあ、これからに期待ってことで、いいんじゃない」

「はい、頑張ります……」

 そう言って、卵焼きを口に入れると、なにやら固い感触があった。こそっと出して見ると卵の殻だった。

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