となりどうし

柚月ゆうむ

第1話 4月28日

「じゃあな、雪斗」

「おー、じゃあね、大樹」

 本日最後の講義を終え、雪斗は駅へと向かった。五月ではあるが、あたりの街灯が少し眩しいくらいには暗くなっていた。

 駅は、大学から歩いて二十分ほどの距離にある。駅に着く頃には、少し汗が滲んでいた。

 雪斗は電車が来るまでの時間で、コンビニで缶チューハイを四本ほど購入した。

 このコンビ二の店員はいつも年齢確認をしない。そんなのでいいのだろうか、まあそのおかげで十九歳の自分でも酒が買えるのだけどな、なんて思っていた。

 二駅電車で移動し、ホームに降り立つ。ここから雪斗が一人暮らししているアパートまでは二分程度の距離だ。缶チューハイが入った袋を持ち替え、自宅を目指す。

 しばらく歩きアパートに着いた。エメラルドハイツ、それがこのアパートの名前だ。エメラルドなことは何もなく、ボロくてくすんでいるな、といつも思っているが、家賃が安いことはエメラルドなのかもしれない。

 時刻は八時になろうとしている。

 部屋は二階の角部屋だ。見るとすでに電気がついている。

 あれ、もしかして、と思いながら、雪斗は階段を上り、部屋のドアを開ける。

 そこには、雪斗が予想していた人物がいた。

「みゆき、なんで俺の部屋にいるの?」

「えっ、今日は飲む約束をしてたから?」

 キョトンとした顔でみゆきは答える。

「まあ、してたけど、どうやって入ったの?」

「郵便受けに入ってた。セキュリティはしっかりしなきゃダメよ」

 そう言ってクスリと笑う。

「まあ、別にいいけどね」

 そう言いながら、酒と荷物を置き、洗面所に向かう。

 みゆきは雪斗と同じ大学、同じ学年、同じ学科であり、この部屋の隣に住んでいる。今日は二人で雪斗の部屋で飲む約束をしていた。

 雪斗が戻ると、買ってきたチューハイの缶はあけられていた。

 雪斗は丸テーブルを挟んで正面に座り、缶をあけた。テーブルの上には様々なつまみが用意されていた。

「ずいぶん飲んでないか?」

「そうかなぁ。三本くらいよー」

「いつもならそんなに飲まないじゃないか。……また落ちたのか?」

「うーん、察しがいいのはポイント高いけれど、口に出しちゃうのは、減点ね」

「あー、それはすまなかった」


「よろしい」

 そう言ってふっと笑い、テレビをつけた。画面には野球中継が映し出された。

「おっ、メイスターズ勝ってるな」

「あれ? 雪斗って野球だったの?」

「んー、どうだろう。地元のチームだから勝つと何となく嬉しいってだけだよ」

「なるほど、まあ、そういうものよね」

 中継を横目に、つまみや酒が減っていく。

「そういえば、明日からゴールデンウィークだな」

 雪斗が不意に言った。

「あー、そうね。何か予定とかあるの?」

「いや、俺は特にないな。実家に帰る気にはならないし」

「たしかに、実家に帰る気にはなれないわ。でも私も何もないのよね」

 そう言いつつ、つまみを口に運ぶ。

「どっか行く?」

「あら、デートのお誘い?」

 みゆきは、にやっとしながら言った。

「いや、どっか行くかっていう誘いだ」

 雪斗は平然と答えた。

「どっかってどこ?」

「うーん、どこがいい?」

「ノープランなのね」

「普段あまり外に出ないからな。こういう時何も思いつかないんだよな」と顎に手を当てた。

「ねえ、考えてるとこ悪いんだけど、水お願いしてもいい?」

 机に上体を預けながらねだった。腕に頭を乗せているため、長い髪が乱れている。

「えっ、ああちょっと待ってて」

「うん、おねがーい」

 雪斗は立ち上がり、冷蔵庫へと向かう。ミネラルウォーターを取り出し、コップに注ぐ。

「はい、水……」

 雪斗が持ってくると、みゆきはそのまま机に突っ伏して、眠っていた。名前を呼んで揺すっても、うーんとうなるだけで起きる気配はない。

 酒に強いわけじゃないのに、ハイペースで飲むからだ、と思いながら、タオルケットを取り出し、みゆきにかける。

 テレビを見ると、メイスターズがそのまま勝利をおさめていた。

 片付ける気力が湧かないので、雪斗も寝ることにした。みゆきから少し離れたところに布団を敷く。


 男の部屋で寝るなんて、セキュリティ甘いのはどっちなんだろうか。そんなことを思いながら、雪斗は目をつぶった。

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