経年不変化

柚月ゆうむ

経年不変化

 目覚ましの音が鳴り響き、私の意識は覚醒した。腕を伸ばし、音を止める。携帯電話を手に取り、一一七の番号を打つ。時刻は午後六時、ちゃんと予定通り起きることが出来たようだ。

 こんな時間に起きたのは、今日が休日で、予定があるのは夜からであることをいいことに、つい夜更かしをしてしまった影響で、昼寝をしたからである。と言っても、もう昼はとっくに過ぎているけれどね。

私は、布団のそばに置いておいた杖をつかみ、起き上がる。顔を洗うために、ゆっくりと洗面所へと向かった。


「あら? ちゃんと起きられたのね」

 顔を洗って、リビングに来ると、妻の声がした。

「そりゃ起きられるさ」

「昔は、よく寝坊してたから、モーニングコールしてあげてたってのにね」

「その節は大変お世話になりました」

 軽口を言い合いながら、私たちは身支度を始める。今日は私たち夫婦のちょっとした記念日なのだ。


 身支度を終えた私たちは、妻の運転する車に乗って、近くの山へ向かった。車内では、学生時代の話で充満している。この日になると、私も妻も少し若返ったような気分になるのだ。もちろんそんな感覚も年を取った証拠なのだろう。

 車がゆっくりとスピードを落とした。目的地に着いたようだ。私たちは車を降り、山を登り始める。山と言っても、しっかりと舗装されたなだらかなものだ。夜でも大して危険ではないが、私たちは手を取り合って進んでいった。

 妻の手は、当たり前ではあるが、昔よりつやが減り、しわが増えたような気がする。それでも、私の手を握る力強さは昔から変わっていない。

 妻の足が止まった。着いたようだ。私たちは座り込み、寄り添い合う。やはりまだ外は寒い。そして、私たちは空を見上げた。

「今年も晴れたね」

「ああ、そうみたいだな」

「・・・・・・あったかいお茶飲む?」

「ああ、いただくよ」

 妻から渡されたコップを手に取り、口に運ぶ。ちょっと熱いけれど、味は感じられた。

 ここは、星空がきれいに見える場所。でも、私にはもう何も見えない。何年か前の事故で、私の目がひかりを失ってしまったからだ。

 それでも私がここへ来ているのは、ここが、私たちが初めて口づけをした場所で、私たちが夫婦になることを誓った場所だから。

 それにここへ来ると、なんだか本当に星空を見ている気になるのだ。でも、なぜか心が安らいでしまう。幸せというものを感じてしまうのだ。

 ふいに私の肩が叩かれた。顔を向けると今度は唇をつつかれる。

 私はゆっくりと顔を近づけた。

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経年不変化 柚月ゆうむ @yuzumoon12

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