第3話冒険者生活、体験中

「おいおい、ヒカリ大丈夫か? これは冒険者なら誰でもやることだぞ? どうしても無理そうなら少し休むか?」


 タックが俺の顔を見ながら心配そうに言ってくる。


 ベティーはちらりと視線を向けてきただけで、黙々と作業を続けている。


「ヒカリさん大丈夫ですか?」

「ごめんメルル。あまりだいじょばない⋯⋯オェ⋯⋯」


 メルルが背中をさすってくれるが、俺は込み上げてくる物を押さえ込むことができず、草むらに隠れて口から草木の肥料を吐き出した。


 視聴者のみんなにはいきなりカッコ悪いところを見せてしまってすまないが、さすがに都会育ちの普通の人間にこの光景は無理すぎる。


 みんな見るなら覚悟を決めてくれよ?


 マイチューブの規約に引っかからない程度にモザイクは入れておくが、それでも耐性がない人にはかなりクルはずだ。


 俺の前にあるのは、解体中の角オオカミの肉片。


 毛皮を剥ぎ取り、血抜きをするところまでは何とか我慢してタックからやり方を教わることができた。


 でも、その後はもう俺には無理だった。


 ナイフを入れて、内臓を取り出す作業の途中で盛大にリバースしてしまった。


 血生臭い匂いだけならなんとか我慢できたが、そこに視覚的要素が加わるとさすがにキツい。どんな見た目かはあえていちいち言わないけどな。


 間違いなく、要モザイク案件だ。


「あまり無理しないほうがいいぜ?」

「そうですよ。それに動画的にもこれは一部の特殊な方たちにしか需要がなさそうですし」

「ん? ドウガ⋯⋯って何だ?」

「いや、これくらいなんとか慣れるようにしていかないと⋯⋯俺たちはこれから冒険者になるんだからな」

「別に魔物や魔獣と戦うだけが冒険者というわけじゃないですよ? それだけじゃ視聴者さんたちも飽きてくるから、いろいろと本当の意味で冒険をすればいいんですよ」

「ん? 視聴者ってのは観客のことか? この辺りにいるのは俺たちだけだと思うが⋯⋯」



 メルルとタックの会話が噛み合うことはないみたいだが、どうやらふたりとも俺を気遣ってくれているということは伝わってきた。


 いや、これは無理なのは俺だけじゃないよな?


 現代日本に住んでいて動物の解体なんて普通はまずする機会なんてないもんな。精々畜産家とか肉屋さんとかそのくらいだよな?


 だから、決して俺が特別ヘタレというわけではない⋯⋯はずだ。


「ヒカリ、大丈夫。多少買い取り価格は下がるけどそのままでも一応ギルドに納品はできるから」

「え。そうなのか?」


 ベティのセリフに驚くタック。いや、なぜタックが驚いているんだ。


「魔物の種類によって変わるけど、だいたい相場の1割から2割くらい解体費用としてとられるかしら」

「へえ、知らなかったぜ」

「冒険者は少しでも身入りを多くするために自分で出来ることは自分でやる人が多いから。でも薬草や木の実の採集で生計を立ててる冒険者もいるし、ポーターを雇って解体も任せてるチームもあるわね」

「そうなのか⋯⋯よし、終わったぜ」


 話しながらずっと解体を続けていたタックが立ち上がり、手に持った石を見せてきた。


「ほら、これが魔石だ。基本的にはこの魔石が討伐証明になる。大きくて傷が少なく、濁りのないものほど高価で買い取ってもらえるぜ。ちなみに魔物と動物の違いはこの魔石があるか無いかだな。こいつに冒険者ギルドお抱えの魔術師が手を加えたのがマジックアイテムやトイレ、調理場なんかで使われている魔法石ってわけだ」

「へえ、これが⋯⋯?」


 魔法石はこの1か月で何度となくお世話になったこの世界の超便利アイテムだ。


 エランディールに住む人属に分類されている種族は、皆全て魔力を持っている。もちろん魔力の大小は存在するが、加工された魔法石は極微量の魔力で利用できるため、地球で言うところの水洗トイレやガスコンロ、照明にも使われている。


 ただし、魔石は魔物からしか入手できないため値段も高く、平民の家庭ではほとんど使われていないようだ。


 俺とメルルが泊まっている宿は少し張り込んで中の上くらいのランクの宿なので、きちんと魔法石のトイレが使える。日本人として、ここだけは譲れなかったんだ。


 タックに見せられた魔石は、ビー玉サイズでやや濁りはあるものの無色透明。


 例え魔物が鳥型だろうが魚型だろうが、無色透明らしく、これを加工することによりそれぞれの属性の色を帯びてくるのだよ諸君。


「今回倒した角オオカミの魔石や素材は契約通り俺たちがもらうが、問題ないな?」


 それは問題ない。契約の通りだ。


 俺が頷くと、タックは用意してあった背嚢に角オオカミの肉と皮を詰め込み、魔石は腰の皮袋に布に包んでしまう。出来る限り傷が付かないようにするためらしい。


「よし、それじゃあいい時間だしそろそろギルドへ戻るぞ」

「分かったわ。ヒカリ、メルル、角オオカミの肉や血の匂いに誘われて動物や魔物が来るかもしれない。ギルドに帰るまでが冒険よ。疲れてるだろうけど、周辺警戒は怠らないこと。いいわね?」

「了解、気を抜かず警戒するよ」

「私も、分かりました」




「はい、お疲れ様でした。これでタックさんとベティーさんはヒカリさんからの依頼は達成ですね」


 無事にギルドに戻ったあと、ギルドの受付に依頼達成報告と、素材と魔石の納品を済ませるところまでタック達にやり方を教えてもらった。


 そして、そのまま俺とメルルは冒険者登録をした。


 冒険者ランクは見習いのF。


 渡された小さな透明の魔法石のついたネックレスをかける。


 これが冒険者の証なのだそうだ。


 ランクが上がると、魔法石の色も変わっていくらしく、Dランク冒険者のタックとベティーの証を見せてもらうと赤色をしていた。


「今日はいろいろと教えてもらえて助かった。おかげさまでなんとかやっていく目処がついたよ」


 解体は⋯⋯自信はないのでギルドに依頼するだろうけど、それでも丸一日現役冒険者に付いて回り勉強できたのは大きい。


 用意するものから森の歩き方、戦い方、後処理まで、俺のなんちゃって異世界知識だけでは分からないことがいっぱいあったからな。


「タックさん、ベティーさん、本当にありがとうございました」


 メルルも彼らに頭をさげる。


 彼女は女神ではあるが、ここでは普通の人間として振る舞うそうだ。能力も、かなり制限されていて魔法は回復系の光魔法が使える程度で体力も一般人並みしかない。


 俺はチャンネル登録者が増えれば増えるほど能力が貰えるが、彼女にはそれもないそうだ。


 ある程度チャンネルが起動に乗ったら、ずっとやってみたかった料理屋さんを開いてみたいと言っていた。


「何言ってるんだ? お前たちの依頼はまだ完全には終わってないぜ?」

「「え??」」

「そう。依頼は冒険者の仕事と生活を見せることだものね」

「え、だからもう報告して終わったんじゃ?」

「いいや、まだだぜ。まだやり残したことがある」

「冒険から無事に帰ってきたら、とりあえず酒場でひっかける。これが冒険者の正しい生活ぶりよ」

「というわけで、早速行くぞ! 依頼を未達にするわけにはいかないからな!」


 ⋯⋯。


 その後、さんざん付き合わされた俺は翌朝起きることが出来ず冒険者家業のスタートはさらにその翌日となった。無念。



 ☆彡

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