第4話魔法を使えない赤髪のダークエルフ
タックたちとの冒険から2日たった。
今日はいよいよ俺たちの冒険者としてのデビュー戦の日だ。
隣の部屋のドアが開く音が聞こえ足音が近づいてくるのが分かる。
パタパタパタ
メルルか。あいつも興奮してるみたいだな
いつものメルルなら、いかにもお嬢様然とした歩き方をするから足音なんか聞こえたりはしない。
やはり初冒険の日ということでテンションが高いんだろうな。
「ヒカリさん!」
ノックからの返事も待たずにメルルが部屋に入ってきた。
「おはようメルル」
「おはようございますヒカリさん。これ、これを見てください!」
メルルが、俺の目の前にウインドウを表示させる。
俺たち以外には見る事も触れる事も出来ない、動画編集用に使っているモニターのようなものだ。
この動画を見てくれている視聴者のみんなには、隠す場合もあるかもしれないけど基本的には見せていこうと思う。
ちなみに、俺ももちろん使えるぞ。
メルルが表示させたのは昨日2日酔いが治ってから2人でああでもないこうでもないと言いながら編集して投稿したマイチューブの俺たちのマイページだ。
「お? おー!」
目に飛び込んできたのはチャンネル登録者2名の文字。
昨日の今日で2名というのは、決して多くはないが、悪くない。
マイチューバーが溢れている現在、動画を1本投稿したくらいで簡単に登録してもらえるほど甘くはないのだ。
中には10本以上も投稿したのに再生回数1桁、チャンネル登録0で心を折られてしまうマイチューバーもいるくらいだからな。
「やったな、メルル」
「ええ。こんなに嬉しいものだとは思っていませんでした」
「次はチャンネル登録10人、再生回数100回が目標だな」
「そうですね。登録していただいた方が10名になれば、ヒカリさんに新しい能力を授けることができますから早く達成できるように頑張りましょう!」
「そうだな。じゃあ冒険者ギルドへさっそく行くか? おっと、その前に腹ごしらえだな。腹が減っては冒険はできぬ!」
「はい!」
この後食べた朝食は、メニューはいつもと変わりないのにやたらと美味しかった。
カララン
冒険者ギルドのドアを開けると、ギロッと睨まれる⋯⋯というようなことは、特にはない。
何しろ、ここに来るのは冒険者だけではなく、依頼人だってくるんだ。
依頼人にガンを飛ばしたりして、アイツには仕事を回すななんていうことになったりしたら宵越しの金を持たない低ランク冒険者なんてすぐに食いっぱぐれてしまうのだから当然のことだ。
だから、市場のように威勢のいい声こそ飛んでいるが揉め事などそうそう起こらな――
「頼む! どうか考え直してくれないか!?」
「しつこいぞ、もうパーティーとしての決定事項だ!」
「そこをなんとか頼む! 今仕事を無くしてしまえば、わたしにはこの怪我ではもう2度とチャンスなど無くなってしまう!」
「しつこいわねえ。だいいちあなたその腕の怪我じゃ、もう剣も振れないでしょう? 魔法も使えない魔力すらない落ちこぼれダークエルフのあなただけど、力だけはあったから今までは戦力にもなったわ。だけど今のあなたじゃはっきり言ってお荷物なのよ」
「いやしかし、早く治療すればまたある程度は戦えるようになるはずだ! 今は戦いは出来ないが荷物持ちでもなんでもするから、せめて治療費が貯まるまでわたしをお前たちのパーティーに――」
「あー本当にしつけぇなあ! 決定事項だっつっただろう? 行くぞ、お前ら!」
「そ、そんな⋯⋯待ってくれ⋯⋯ッ!! 痛っ⋯⋯!」
ダークエルフと呼ばれていた女性が手を伸ばすが、腕を押さえ屈み込んでしまった。
そんな彼女を尻目にダークエルフの元
・
パーティーメンバーだった連中はさっさとギルドから出て行ってしまった。
「う⋯⋯うぅ⋯⋯わ、わたしは⋯⋯どうしたら⋯⋯うぅ⋯⋯」
ギルド内にいる他の冒険者たちも哀れそうな視線を向けるだけで彼女に声をかけたりはしない。
高ランク冒険者ならともかく、中ランク以下の冒険者などほとんどはその日生きるのにギリギリの収入しかない。
下手に声でもかけて助けを求められてもしても力にはなれないし、だいいち怪我をしてパーティーを離脱させられる冒険者など珍しくもないからだ。
それでもダークエルフのいう珍しい種族に加え、艶のある赤髪、引き締まってはいるが出るところはしっかりでている肢体と整った顔立ちの彼女なら普通なら声をかける者もいたかもしれない。
しかし、冒険者たちは聞いてしまっていた。「魔法も使えない魔力すらない落ちこぼれダークエルフ」と。
メルルから聞いた情報になるが、この世界においての魔法というものは、各人の魔力量や相性に応じた相性の良い精霊や幻獣との取り引きのようなものらしい。
いちばん契約しやすいのがいわゆる6属性のエレメンタル。魔法石は、魔石にこのエレメンタルを宿らせた物になる。
そこから妖精や精霊、霊獣に幻獣、下級神など様々な存在が契約相手として存在するわけだ。
先日のベティは、土の精霊ノームに自身の魔力を捧げることにより、【アースショット】という魔法を発現させていたのはみんなも記憶に新しいところだよな?
オレの場合はメルルもとい、女神メルトリーぜという最高神に近い存在との取り引きという形になる。
もっとも、メルルに渡す魔力の適正値というものが分からずに最初は多く渡しすぎて暴発させたり逆に少なすぎてうまく発現させられなかったりしたけどな。
まあ、それをうまく使いこなすためのこのひと月だったわけだ。
ちなみにメルル自身は誰とも契約はしていないが、使おうと思えば使い放題だ。
「メルル、あのダークエルフ、本当に魔力が無いのか?」
「本当にないみたいですね⋯⋯。あれでは魔法はもちろん、魔法石も使えないと思いますよ」
「ちなみに、ダークエルフという種族自体が魔法を使えないとか苦手な種族だということは?」
「それもありません。ダークエルフに限らずエルフの系譜にあたる種族は、魔法はむしろ得意な部類にはいるでしょうね」
床に膝をつき、途方に暮れるダークエルフ。
「今まで相当苦労してきたのでしょうね。おそらくはダークエルフからも他の人族からも異端として見られ蔑まれ、それでも生きるために必死に努力をを重ねて体力や剣の技術を身に付けてきたのでしょう」
「それなら、さっき出て行った連中はまだマシな部類だったということなのかな」
「そうでしょうね。彼女の様子から考えるに、恐らくは前衛として危険の高い役割を任されていたのでしょうが、それでもパーティーとソロでは効率が違いますからね。魔法石をも使えないとなる野営の時も他のパーティーメンバーに負担をかけてしまいます。それでもメンバーに入れていたということは、彼女の前衛としての能力はなかなかのものなのでしょう。しかし⋯⋯」
「怪我をして剣も使えなくなり、さすがにどうしようも無くなったということか」
魔法が使えないだけなら、まだいい。
そもそも魔法が使えるほどの魔力を持ち、相性のいい精霊等と契約できる者はせいぜい20〜30人にひとりくらいだ。
しかし魔法石を使うための僅かしかない魔力すらないというのは、少なくとも相当にレアなケースだろう。
それにしても⋯⋯
「燃えるような赤髪、褐色の肌、今は泣き顔だけど画面映りの良さそうな顔、なによりメルルとは違うあの分厚い胸部装甲は、対視聴者向けの大きな武器となるよな⋯⋯」
「なんだか少し不快な気はしますが、ヒカリさんがいいならいいと思いますよ。画面映えするのは間違い無いですし、ヒカリさんも私も魔法は使えますから彼女が使えなくても大きな問題はないでしょう」
よし、決めた。
あのダークエルフをパーティーに誘おう!
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