Turn272.勇者『勇者の力』

──ドゥルルルンッ!


 そんな電子音が耳に聞こえた。


──ドルルゥン!


 少なくとも、そんな音が鳴ったからにはダーツを枠内に入れることは出来たらしい。

 僕は霞む目を掻いた。


 徐々に視界がハッキリと見えてくる。


 僕が投げた矢の行方は──点灯している『7』の大きな枠の中に突き刺さっていた。

 つまり──残り『7点』。僕が射抜いたのは──『7』。


「やったぁあぁああ!」

 勝利が確定し、聖愛は嬉しそうにピョンピョン跳びながら僕に駆け寄ってきた。笑顔の聖愛と、僕はハイタッチを交わした。

 見事に301点を獲得し、『0』にした。長い戦いが終わり、僕らは勝利を勝ち取ったのだ。

──ただ、喜んでばかりもいられない。後は松葉がどう出るか、だ。

 僕は怒りに肩を震わせる松葉を注視した。



 ◆◆◆



「……ふざけるなぁよぉおおぉおぉっ!」

「きゃぁあぁぁああっ!」

 急に松葉が大声を上げたので、側に居た紫亜が驚いて悲鳴を上げてしまう。紫亜だけではない。

 突然怒声を上げたものだから、周りの他の客からも迷惑そうに視線を向けられてしまっている。

 それでも松葉は動じずに、湧き上がってきた怒りを素直に露わにしていた。

「……不正だ! イカサマだ! ……そんなことが、ありえるかぁっ……!」

 いくら言い掛かりをつけようとも無駄である。カードゲームやルーレットなどのテーブルゲームならいざ知らず、ダーツゲームで不正などできるわけがないではないか。それにここまで平然とやって来て、最後の最後に結果が気に食わないからといってイチャモンを付けるというのは如何なものであろうか。


「約束は守って貰うよ。罰ゲームは、聖愛に二度と近付かないこと……だったよね?」

「そ、そんな……!」

 松葉が唇を震わせ、懇願するような目で聖愛を見詰める。

「……そ、それで……それで君はいいのかい……?」

 松葉としては聖愛に罰ゲームの撤回や、あるいは止めてでも貰いたいところであったのだろう。

「私に、二度と近付かないで」

──毅然とした態度で聖愛は松葉にそう言い放った。

「私にだけならまだしも、他の人にまで危害をくわえるなんて許せないわ!」

「……ぼ、僕を……裏切るのかぁあぁあぁあ!」

 松葉は発狂した。恐れていた事態が起きてしまう。

 ポケットからカッターナイフを取り出したので、周囲の野次馬からも悲鳴が上がる。

 松葉はカッターの刃を出すと、聖愛に向かって駆け出した。

──聖愛を守らなければ……!

 自然と、僕の体は動き出していた。


──『止マレ』

「……なっ!?」


 ところが、一歩踏み出そうとした僕の足は、まるで何かに掴まれたかのように動かなくなってしまう。

「動け……!」

 無理矢理に足を動かそうとするが上がらず、床に張り付いてしまったかのようだ。


「うぉおおぉおぉおおっ!」

 その間にも、雄叫びを上げた松葉が聖愛に近付いていく。聖愛は驚きと恐怖から、その場に立ち竦んで動けなくなってしまっていた。

 このままでは、聖愛が松葉に襲われてしまう。


「動けよっ!」


──僕は叫んだ。

 すると、僕の心の奥底から何か熱いものが湧き上がってくるのを感じた。同時に、呪縛から解放されて一歩前進することができた。

「よし……!」

 動き出した。──しかし──。


『ヤメロ』──『倒レロ』──『離セ』──『消エロ』──『死ネ』──!


 様々な言葉が、頭の中を掛け巡った。

 足が痛み、手が痺れ、目眩がして、痒みを感じた。──それでもお構いなしに、僕は聖愛を守るように前に立ち、松葉に立ち塞がった。


「いい加減にしろよっ!」

 僕は突っ込んできた松葉の襟首を掴んで足を払った。突っ込んできた勢いのまま、松葉は僕に持ち上げられて宙に浮いた。


「うわぁあぁぁあああっ!」


 そのまま僕に投げ飛ばされ、松葉は盛大に床に転げた。手にしていたカッターナイフも、その反動で手放してしまう。

 怯んだ松葉を、周りに居た大人たちが押さえ込んでくれた。


「……クソぅ、クソぅ……」


 松葉は悔しそうに泣きながら何度も呟いていた。

「……聖愛さん、助けて……聖愛さん……」

 懇願するように松葉はブツブツと呟いたが、警察が到着するまでの間、松葉が聖愛と会話を交わせることはなかった──。

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