Turn244.剣聖『スライムの思いやり』

 コトハが不可解な動きを始めたのでアルギバーは警戒したが、隙を見付けて動き出す。

 咆哮を上げているコトハの間合いに飛び込むと、斬撃を繰り出した。


「雷神空龍斬刃!」


 下から切り上げる──と、激しい稲妻を纏った剣撃が衝撃波を起こし、コトハの体を吹き飛ばした。

「あぁあああっ!」

 体のあちこちから粘液を飛び散らせながらコトハの体は宙を舞った。

 先程は通じなかったはずのアルギバーの斬撃──それがコトハの肉体に通った。何か、コトハの体に変化が起こっているようであった。

 地面に落下したコトハの体にビリビリと電気が走る。コトハは起き上がることもできず、苦しそうに顔を顰めた。


「これ以上の戦闘は無駄だろう。先生とやらについて教えてもらおうか」

 アルギバーは横たわるコトハに剣を突き付けた。

 コトハはまるで浜辺に打ち付けられた魚の様に、地面を跳ねまわっていた。彼女が身悶えするたびに体から液体が飛び散り、痛々しい。

「私は……。先生を売らない……」

 コトハは口を噤んでそれっきり何も言わなくなった。──ただ、縋る様な目で、一点を見詰めた。

 岩場の陰に隠れている人物──勇者に害をなしている演奏家──コトハはそれに余程の信頼を置いているようである。

 アルギバーも何となしにそちらに視線を向けていると、岩場の陰から出て来た老人の姿が目に入る。

 老人は少年に手を引かれ、茂みの中に入って行った。こちらに背を向け、振り返ることすらせず遠ざかって行く。

「仲間を見捨てて逃げるっていうのか……?」

 アルギバーは敵ながら老人のその行動にムッとしたものだ。

 逃してなるものかと、後を追おうとしたアルギバーの足を地面に倒れていたコトハがガッシリと掴む。

──コトハに掴まれた足には感触があった。どうやらもうスライムの肉体を保てていないようである。

 ただの人間のコトハが、そこには倒れていた。

「……先生には……手出しをさせない……」

 息も絶え絶えコトハが呟く。

 その手を踏み躙れば恐らく逃走するグラハムの後を追うことはできただろう──。


「……やめて……先生を、お願い……逃して……」

 懇願するように、コトハは何度も呟いた。

 何度も何度も呟き──やがては動かなくなるまでその言葉を繰り返した。

 最期まで仲間を思い、そしてコトハは絶命した。


 そんなコトハに足止めを食らったアルギバーは、老人の背中を見送り、取り逃がしてしまうのであった。

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