Turn233.小悪魔『対コトハ戦』

「コソコソと動き回りやがって! 鬱陶しいネズミめが」

 エリンゲが怒声を上げ、少女を睨み付ける。

 騒ぎを聞き付けた魔物たちが集結し、続々と少女の周りを取り囲んでいく。

 少女は魔物たちに見付かり強面たちに周りを囲まれてしまったが、特に動揺した様子もない。


『コイツめ! よくも仲間をやってくれたな!』

 野営地で好き放題に暴れ回っていた少女に、魔物たちは怒りを向ける。

「……何なのね、貴方は?」

 ピピリも疑問をぶつけてみる。見た目は人間の少女なのに──魔物の野営地を襲撃するとは何事であろうか。何とかこの状況から助け出してあげられないものかと、ピピリは頭をフル回転させた。

 すると、少女はピピリの顔をジーッと見詰めると瞳を瞬かせた。

「……可愛らしい小悪魔ちゃん……。私はね、コトハ……魔王様に仕える衛兵ってところかしら……」

『ま、魔王様の衛兵……だと……?』

 ざわざわと、魔物たちから困惑の声が上がる。

 ピピリも同様に瞬いた。少女は──コトハは人間ではない。立派な魔物の一員であるらしい。


「……ええ、その通りよ。可愛いお嬢ちゃん……貴方は巻き込まれちゃったのかしら? ……。でも、残念。このことを知った者は生かしておくつもりはないから……」

「えっ、……なのね?」

 ──聞くんじゃなかったと、ピピリは後悔した。

 相手の正体が分かったことで一歩前進とも言えなくもないが──。

「魔王様の側の者なら、俺達も手は出すつもりはねぇよ。悪かったな」

 エリンゲが掌返しをし、敵意がないことをアピールするように両手を上げながらコトハへと歩み寄って行った。

「……そう……」

 ──が、距離を詰めたのと同時にエリンゲはコトハの顔面に拳を繰り出して殴り付けた。最初から、そのつもりで近付いたらしい。


──べべンッ!


「……なっ!?」

 だが、驚いたのはエリンゲの方であった。殴った拳に手応えがなく、絶句している──。


 確かにエリンゲのその拳はコトハの顔面にヒットし、めり込んでいたが感触がまるでなかった。


「フフフ……」

 コトハは顔面にエリンゲの拳が突き刺さっていたが、動じずに余裕の笑みを浮かべた。

 コトハがエリンゲに掌を向けると、手先から大量の水が勢い良く噴き出し、水圧でエリンゲの巨体を吹き飛ばした。

「ガァアアアァッ!?」

 堪え切れず、エリンゲは悲鳴を上げながら後方に転げて行った。


 エリンゲが大人しくなると、次にコトハは殺気の籠もった目でその他の魔物たちを睨む。

「……騙し討ちのつもり? 甘いわ。……それに、どっち道もう遅いもの。……聞いてなかった? このことを知った者は生かしておくつもりはないって言ったわよね? ……全員皆殺しよ……」

『そ、そんな……ひぃっ!』

 取り纏めであるエリンゲがあっさりとやられてしまったので魔物たちは狼狽し、戦意を失ってしまう。徐々にコトハから離れるように後退っていった。

「……恨むんなら、その子を恨むことね……」

「なのね?」

 ビシッとコトハに指差されたピピリは、自身を指差して首を傾げた。

「……その子が私の正体を明かさせたからこうなったんだから」

「え〜そんな、なのね……」

 軽い気持ちで聞いたのだが、まさかこんなにも大事になるなどとはピピリも思ってはいなかった。

──まぁ、コトハにしてみれば理由など何でも良いのである。単に降り掛かる火の粉を振り払いに来ただけなのだから……。

 しかし、そうとは知らない魔物たちの中には『余計なことを……』と、ピピリを睨み付ける者もいた。


「頭きた! もう許さねぇぞ!」

 倒されたはずのエリンゲが、のそりと顔を上げて声を上げる。

 エリンゲが起き上がったことで、魔物たちの瞳にも再び輝きが戻る。陣形を立て直した魔物たちは武器を構え直し、ジリジリとコトハに近付いていく。

「この人数を相手に、お前一人でどうこうできるとでも思っているのか!」

 相変わらずコトハに動じた様子はない。頭を掻き、興味なさそうにハァと息を吐く。

「……どうせモテるなら、もっと格好のいい人たちに言い寄ってもらいたいものね……」


『ふざけたことを言ってるんじゃねぇ!』

 憤慨したガーゴイルが、剣を振り上げコトハに襲い掛かった。


 コトハの肉体が液体化し、飛び込んで来たガーゴイルの体に纏わり付く。

 ガーゴイルの周りを取り囲んだコトハは球体となって、ガーゴイルを内部へと閉じ込める。

『ガバゴボ、ガバ……!』

 半透明となったコトハの体内で、ガーゴイルが苦しそうに身悶えしているのが見える。ブクブクと口から泡を吐き、悶絶していた。


 目の前で仲間が苦しんでいるというのに、未知数のコトハが次にどんな攻撃を仕掛けてくるかも分からなかったので、魔物たちは動けずにいた。


 しかし、遠目にその状況を見ていたエリンゲだけは他の魔物たちとは違った反応をみせた。どうやらコトハの正体に気付いたらしい──ニヤニヤと口元を歪めた。

「スライムだとぉ……?」


「……そうよ。私は、元はスライム……よく、分かったわね。その通りよ」

 コトハの体に取り込まれていたガーゴイルの亡骸がドサリと地面に放り出されると、コトハの体は元通りの人型の造形に変化していく。


「スライム……なのね? でも、それって……」

 魔物同士のやり取りを横で聞いていたピピリは、コトハがスライムと知って目を丸くした。

 見た目には、人間の女性そのものの造形でとてもスライムがそれに化けているとは思えない。スライムとは本来、人に擬態するような魔物ではないのである。魔物の中でも低級で、知性もそこまで高くないはずである。

 いくらスライムの体が粘液状であろうとも、人間の姿形を模倣して変身できるような能力は持ち合わせていないはずである。


 エリンゲも同意見のようである。

「ふん」と鼻を鳴らすと、勝ち誇ったかのように笑みを浮かべた。

「随分と粋がってくれたが……まぁいい。スライム風情にやられるような連中も、連中だ。正体が分かっちまえば何てことはない」

 相手が格下のスライムであると分かった瞬間、エリンゲはふんぞり返った。

「お前、あのじいさんの仲間だろ? 奴がどこに居るか、吐いてもらおうか」

 高圧的な態度で尋ねるエリンゲを、コトハは睨み付けた。

「……先生に、手は出させない……。危害を加えるつもりなら、尚の事、許さないわ……」

 それまでとは異なり、ただならぬ殺気をコトハは放っていた。


 場に、険悪なムードが漂った──。


 一触即発の雰囲気に、ピピリは一歩下がって見るに徹することにした。魔物同士の紛争にわざわざ介入する必要はないのである。巻き込まれないように距離を取ることにした。


 状況的に、敵陣に単身で乗り込んできたスライム少女の方が圧倒的に不利なようである。エリンゲともかなりの体格差がある。

 今までは未知の敵ということもあり、まともに攻撃を当てられていたが──果たしてどうなるであろうか。

 とは言え、少女に加勢する道理もないのでピピリは成り行きを見守った。

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