Turn234.小悪魔『一掃される魔物たち』

「お前たち……かかれっ! かかれぇええぇ!」

 エリンゲが雄叫び、それを合図に魔物たちが一斉に動き出した。


──ベベンッ、ベンッ!

 相変わらず、どこからか楽器の音色が聴こえてきていたが、それを意識する者はもう誰もいなかった。

 向かってくる魔物たちを前に、コトハの体が透過する──かと思えば液体化したコトハの体は造形が崩れて水溜りのように地面に広がる。

『え、あ……え?』

 標的を見失った魔物たちは、水溜りを前にして棒立ちなってしまう。攻撃を加えたところで、果たしてそんな状態のコトハにダメージが通るだろうか。

 ところが、そんな困惑が油断となる。

 集まって来た魔物たちを一網打尽にするかのように、地面から水の膜が上がった。


『しまった!』


──気が付いた時には遅かった。水の膜は魔物たちを包み込んだ。まるで饅頭みたいな形をした、丸みを帯びた水のドームが出来上がる。

『ゴボゴボ……!』

 以前のガーゴイルと同様に、捕らえられた魔物たちは息ができずに苦しむばかりであった。


『ンガーッ!』


 そんな水の球体の背後にゴーレムが出現し、両の拳を振り下ろした。重力のあるその打撃を加えることで膜を突き破ろうとしたらしい。

『ンガ……?』

──ところが、ゴーレムの両手が球体の中にめり込んだだけで、大したダメージは与えられていなかった。それどころか、水の球体にめり込んだゴーレムの手は強靭な力にガッチリと固定され、引き抜くこともできなくなってしまう。

 水の球体から蔓のように水が伸びていき、ゴーレムの腕を伝っていく。水の触手はゴーレムの全身に巻き付くと、そのまま巨体を内部へと引き込んだ。

『ンゴゴゴッ!?』

 慌てるゴーレム──。

 生物に分類されていないゴーレムは肺呼吸をしないので溺れることはなかったが、関節部分の接着面が溶かされていってしまう。胸部と腹部が離れ──徐々に体が解体されていってしまう。

 腕が取れ──足が取れ──胸部から頭部が離れ──水のドームの中に、重量のあるゴーレムのパーツが漂った。

 ゴーレムの瞳から光が失われ、生気がなくなった。


 どうやらそれで最後のようである。

 ゴーレムが動かなくなると、水の球体から魔物たちの亡き骸やゴーレムの残骸が排出されていった。


「た……ただのスライム風情が、可笑しいじゃねぇかっ!?」

 それまで余裕の笑みを浮かべていたエリンゲに動揺が走った。大勢の魔物で──しかも格下の相手に、敵わないはずがないのである。

「なんだその力は! ただのスライムじゃ有り得ないだろう!」

「それはね、私がつくられた者だから……」

 みるみるコトハの体がその場で築かれていく。

──現れたコトハは「いいえ……」と首を振るうと言い替えた。

「……全ては先生のお陰よ。先生が、私に力を与えて下さっているの。だから……」


──べべンッ!


 楽器の音が大きく聴こえたかと思えば、コトハの戦闘力が上昇した。

 右手がウネウネと不自然な動きをしながら肥大化していく。

「この音が原因かっ!?」

 エリンゲも、この楽器の音色によってコトハにバフが掛けられていることに気が付いた──。

「……先生のところには、辿り着かせない……」

 肥大化し、空に向かって伸びた巨大な腕がエリンゲに向かって振り下ろされる。


──ブニョォッ!


 衝撃に備えて防御の姿勢を取ったエリンゲであったが、思ったような衝撃はなく、気付いた時には粘液状の液体の中に捕らえられてしまっていた。

「……!?」

 エリンゲは何とかそこから抜け出そうと手足を動かしたものである。しかし、前進すらすることはできず、その場に漂うだけであった。

 攻撃を繰り出そうと拳を握るが、水中では動作が遅くなってまともにパンチも繰り出すことができない。

「ゴボッ……グォオオオォオォッ!」

 抗おうとしても何もできず、エリンゲは苦しそうに悶えたのであった。



 ◆◆◆



「さぁ……残るは貴方だけ……」

 排出されたエリンゲの体が地面に崩れ落ちると、コトハは残ったピピリ・ガーデンに視線を向けた。

 いつの間にか、数のあった魔物たちの姿はなくなっていた。コトハにやられた者も多いが、中には恐れ慄いて逃げ出した者も居るのだろう。

 この場に立っているのはピピリだけになっていた。


 コトハと対峙し、ピピリは足を震わしたものだ。

 スライム相手にこんなにも恐怖を感じるだろうか──そもそも、戦闘力のないピピリはスライム相手にも大苦戦を強いられるのだが。

 ただのスライム相手でもそんな調子なのだから、目の前の化け物相手にか弱なピピリがどうすれば生き残ることができるだろうか。

 ピピリの思考回路は、コトハを倒すことよりもこの場をどうすれば切り抜けるか、答えを導き出そうとフル回転していた。

 ゆっくりと後退るが──逃してくれそうもない。ピピリか下がった分、コトハも前へと近付いてきた。

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