Turn205.勇者『お邪魔になるだけで……』
とんでもないことになったものだ。
まさか不知火が、階段から足を滑らせてしまうとは──。
友人が転落する瞬間を間近で見た僕のショックは大きかった。
「だ、大丈夫ですから……」
職員室から駆け付けてきた先生たちに不知火はそう強がったが、顔を顰めている。
足を痛めてしまったようだ。
教員たちに担がれながら、保健室へと運ばれて行った。
救急車を呼ぼうかどうか話しているので、もしかしたら病院に運ばれていくかもしれない。
「何があったんだ?」
第一発見者として、先生たちから事情聴取を受けることになる。僕はありのままを話した。部室に着替えを取りに行くところだったこと──不知火が足を滑らせたこと──。
初めは疑う様な目を向けて来た先生だったが、どうやら不知火も同じ様な証言をしてくれたらしい。
「後はこちらで何とかするから、君はもう帰りなさい」
あっさりとそう僕を解放してくれた。
帰れと言われても──。
「……でも、雨が……」
頭が混乱して、どうでも良い天気のことが浮かぶ。
「雨?」
先生が首を傾げるので、窓の外に目を向けるとあんなにも激しく降り注いでいた雨は既に音もなくあがっていて日射しが差し込んできていた。
僕がそのことに気が付くと、先生は追い返すように手を振るった。
「さぁ、心配なのは分かるが、もう授業は終わってるんだ。部活がないなら帰りなさい」
これ以上、ここに留まっていたところで邪魔になるだけだ。
大人しく先生の指示に従い、荷物を取りに教室へと戻ることにした。
◆◆◆
「何やら騒がしかったみたいだけど……」
「不知火が階段から足を滑らせて、落ちたんだ」
「え……大丈夫なの?」
聖愛の表情が強張る。
「今、先生たちに保健室に連れて行かれて、介抱されているよ。もしかしたら救急車を呼ぶかもしれないってさ。もう帰れって追い返されてしまったよ」
「そう……なら、帰りましょう……」
聖愛はあっさりとバッグを手に取る。
薄情にも思えたが、確かにここで長居をしていたところでどうにかなるわけでもない。
「心配だけれど、大丈夫なら後で連絡でもしてみましょうよ。この場は先生たちに任せて……私たちにできることはないもの」
「そうだね……」
僕にも責任の末端があるような気がして、少々後ろめたさもあったので足取りは重かった。不知火の身を案じたものだが、聖愛に促されて帰路につくことにする。
帰り支度を済ませ、教室を出たところで聖愛に言われた──。
「貴方は落ちないようにね」
「落ちる……か……」
『落チロ』
──確かに、不知火が落下する前にそんな声を聞いたような気がしたが、あれは何だったのだろう。
僕は遠くの空を見詰めたのであった。
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