Turn196.姫『不死身の終わり』

「これは……?」

 瓦礫の中から這い出したお姫様は、辺りに広がる景色を見て目を点にしてしまう。

 そこにあったはずの砦や森──山々などがなくなっている。世界は更地になっていた。──正確にいえば凹凸ばかりの荒野である。


 お姫様には、何が起こったのか分からなかった。

 不死族のモンスターに襲われそうになり悲鳴を上げた次の瞬間には、瓦礫に埋もれてしまっていた。

「なんだなんだ、どうなってやがんだ!」

 地面から顔を突き出したアルギバーも、不愉快そうに怒鳴り散らした。口の中に砂が入った彼は、ペッペと唾を吐いていた。

 その後も続々と、依り代たちや兵士が瓦礫や土の中から這い出して来る。

──どうやら大惨事に見舞われたが、負傷者や行方不明者などはいないようである。

 まぁ、敢えて行方をくらませた者をあげるとすれば──。

「不死身の軍勢はどうなったの?」

 テラの疑問の声に、場の緊張が一気に高まった。

 すぐさま周囲の警戒を強める。

──しかし、あんなにも数を成していた不死身の軍勢は忽然と姿を消し、モンスター一匹の気配すらこの場にはなかった。


「やっつけたの? ……でも、なんで?」

 テラは不思議そうに首を傾げた。

 辺りを見回すと、荒野の真ん中に倒れている人影を見付けた──。

「ニュウ!?」

 地面に倒れたニュウを見付け、テラは慌てて駆け寄った。

 目を閉じたニュウの全身はズタボロの傷だらけで、左手などもあらぬ方向に曲がっていた。

 幸いなことに、辛うじて息はあった。

 テラが体を抱き起こして呼び掛けると、苦しそうに呻きながらニュウが瞼を開く。

「……ごめんなさい……私、なにもできなくて……」

 消え入るようなか細い声で、ニュウは呻いた。

「そんなことないわよ。……これ、貴方がやったの? 不死の軍勢は消滅したわ。一体たりとも、モンスターは残っちゃいないわ」

「そう……。それは良かった……」

 テラからの知らせを聞いて、ニュウは嬉しそうに微笑んだ。

「すぐに町に運ぶから、頑張ってね。……ちょっと、アルギバー!」

 人を呼びに行こうとするテラの手を、ニュウが掴んで制止する。

「うーうん。いいの……。私は、ここで果てるわ」

「何を言っているの?」

「私は貴方たちを……人間たちを裏切って、魔王から闇の力を授かってしまったわ。そんな心の弱い人間が、これ以上、生きていたところで仕方がないじゃない……」

「そんなことないわよ! 貴方が居たから、お陰で命拾いできたんじゃない。勝手に死ぬだなんて言わないでよ。せっかく、こうして戻ってきてくれたのに! 償っていこうって、言ったでしょ!」

 テラが叫ぶが、ニュウの耳にはその声は届いていないようだ。目を瞑り、はにかんでいる。

「嬉しかったわ。貴方たちとまた打ち解けることができて……。でも、私は裏切りの罰を受けなければならないの。だから、このまま……」

「許しませんよ!」

──横からピシャリと声を上げたのは──。

 テラとニュウは視線を向ける。──そこには、お姫様の姿があった。

「ご覧下さい、ニュウ様。これはすべて、貴方がなされたことなのですよ」

 そう言いながら、お姫様は土が剥き出しになって、大きなクレーターが出来た荒廃した大地を指すように両手を広げた。

「罰を受けるというのなら、まずは生きてこの大地を元通りにして下さい。それが貴方様に課せられた義務なのです。逃げるなんて許しません!」

「それは……まぁ、確かにそうかもね……」

 お姫様の言葉に、ニュウも頷いた。

──そうだ。ニュウは死んではならないのだ。生きて、まだやることがあるのだから──。

 みんなを守るためとはいえ、盛大に暴れたのだからその後始末をニュウがしなくて誰がするというのか。

「でも……」

 しかし、ニュウにはもう一つ懸念材料があった。

「魔王から授かった、闇の力を使った私の命は蝕まれているはずよ。命も、長くはないわ……」

「そうかしら?」

「……え?」

 テラに否定され、ニュウは目を丸くする。

「何故だか、貴方からこれまで発せられていた闇の気配は完全になくなっているわ」

「そういえば……」

 ニュウは手のひらを掲げ、試しに闇の力を使ってみた。──何も発動しない。

 いや、闇の力どころか、魔力すらも失われているようであった。

「どうして……?」

──思い返して、ニュウははたと気が付く。

 最後の武器──三叉の槍を使った時だ。ニュウの内にある全ての魔力──闇のオーラを槍に吸われてしまった。

 闇の力や魔力と引き換えに──ニュウは生きながらえることができるようになったのだ。

 死ぬ気であったニュウだが、そうなっては観念するしかない。

「そうね。分かったわ。まだやることがあったみたいね……。死ねはしないわ……」

「その通りです。貴方様には、まだこちらの世界でやってもらうことがたくさんあるのですから、あの世になんて行かせませんよ」

 ニュウの決断に、お姫様は嬉しそうに微笑んだ。

 そして、お姫様は兵士たちの方を振り向く。

「みなさんもお疲れでしょうが、町まで頑張りましょう。一人も欠けることなく皆で帰還しましょう」


──オオォオオォオッ!


 兵士たちの歓声が上がった。


「立てるか?」

 アルギバーもニュウの元にやってきて、手を差し伸べた。肩を借りながらニュウは体を起こした。

「立てなかったとしても、こんなところで眠ってなんていられないわ……」

 二本の足で立ったニュウだが、フラついてしまう。

 そんなニュウの体をアルギバーが支え、反対側からテラも腕を出す。

「駄目そうなら、私たちに体重を預けてよね」

 ニュウはアルギバーとテラの顔を交互に見回した。

「ありがとう、二人とも……」

「構いやしねぇさ。お前は、不死身の軍勢を退けた俺達の英雄だからな」

「町まで、なんとしても連れ帰るから安心して」

 アルギバーとテラに支えられながら、三人はゆっくりと歩き出したのであった。


「それでは皆様、もうひと踏ん張りです。町を目指して頑張りましょう!」

 お姫様が檄を飛ばし、生き残った兵士たちは行進を始めた。


 元賢者ニュウ・レンリィ──新たな仲間がこうしてお姫様の元に集ったのであった。

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