Chapter6【異世界の敵と現実世界の勇者様】

Turn197.勇者『歪んだお手紙』

──キーンコーン、カーン、コーン!


 終業のチャイムが鳴って放課後となる。今日の授業を全て終えると、僕は凝り固まった体を解すかのように大きな伸びをして一息つく。

 今日一日も長かった。──まぁ、短いと感じる日は余りないのだが……。それでも、何もしないよりかは充実した一日と言えるだろう。

 帰りの支度をしていると「ねぇ」と女子の声に呼び掛けられた。

 顔を上げると、見知った女生徒がそこに立っていた。──西崎聖愛である。

 普段から物静かでお淑やかな聖愛であるが、その表情はどことなく沈んでいて一層縮こまっていた。

「どうしたの?」

「少し、相談があるのだけれど。……時間は大丈夫かしら?」

 聖愛から相談というのも珍しい。

「うん。大丈夫だよ」

 僕が頷くと、聖愛はホッとしたような顔になる。

 聖愛の反応に、僕も心配になってしまう。何か大きな事件でも起こったのだろうか。

 次の言葉を待っていると、聖愛はバッグから一枚の封筒を取り出した。封筒は可愛らしいハートやキャラクターのシールが乱雑に貼られ、装飾されていた。そんな封筒の中から折り畳まれた便箋を取り出し──それを僕へと差し出してきた。

「なに、それ?」

「見てもらえば、分かると思うのだけれど……」

 どうやら、この手紙が聖愛の表情が浮かない元凶であるらしい。

 人の秘め事を覗き見るような後ろめたさを若干感じたが、当人が見ろというのだから遠慮はいらないだろう。僕は聖愛の手から便箋を受け取ると、それを開いて中を見た。

「……え? なにこれ……」


──そして、思わず言葉を失ってしまう。

 その手紙には、こんなことが書かれていた。

『愛しの聖愛さん。君のことが大好きだ。この気持ちは抑えられない。君のことを想うと毎日胸が苦しくてはち切れそうだ。愛している。僕の聖愛さん……僕達は結ばれるべき関係なんだ』


「いや、これ……」

 僕は顔を上げて聖愛の顔を見た。

──ラブレター、であろうか。

 それもかなり熱っぽく書かれたもので、差出人はかなり聖愛にゾッコンらしい。

 受け取った本人から見せて貰ったとはいえ、書き手の気持ちを考えると他人のラブレターを見てしまったことに罪悪感を抱いてしまう。

「随分と情熱的だね……」

「そこじゃなくて、下を見てよ」

 聖愛が肩を竦める。

──どうやら見て欲しいのは、そこではないらしい。

「下……?」

 僕は再び手紙に視線を向け、便箋の下の方を見た。

 確かにそこにも、何やら文字が書かれている。


『13時12分──松戸にプリントを渡していたね。君の匂いのついたものをあげるのなんて駄目だよ。それは僕が欲しいなぁ』

『17時24分──早乙女って奴と話していたね。

 許せないよ。みんな消してあげるから。他の男の人と話すなんて許さないよ。君も、僕だけを愛してね。僕はいつでも君を見ているから』


──なんだこれ。

 熱っぽいのかと思ったら、ねちっこい。

 しかも、聖愛が誰かとのやり取りをわざわざ記録している。まるで監視でもしているみたいだ──。

「ちょっと困ってて……」

 聖愛が困った表情になるのも頷ける。

 送った相手には悪いが、気持ちの悪い内容としか言えない。聖愛はオブラートに包もうとしてはいるが、関係のない僕が見ても嫌悪感を抱く程だ。

 当事者である聖愛なら尚の事、気が滅入ることであろう。

「……差出人は?」

 送り主が誰なのか──そいつに直接文句を言ってやった方が良いかもしれない。

「それが、分からないのよ……」

 聖愛はそう言いながら封筒や便箋を引っくり返した。どこにも名前は書かれていない。

──しかもそれだけではなく、封筒の束をバッグから取り出して次々置いていった。数十枚はあるだろうか──その一つ一つを手に取って、聖愛は引っくり返して差出人の名がないことを見せていった。

「差出人の名前がないから、誰が出したものなのかもわからないの……」

 唖然としてしまう。手紙一枚の内容でも気持ちが悪いというのに、それだけ大量に送られてくるというのはドン引きである。

「心当たりは?」

「ないわ……」

「そうだろうね……」

 だから、聖愛は困っているのだろう。誰から出されているかも分からない手紙を受け取って、しかも監視までされている。良い気がするものではない。


「無視しちゃえば良いんじゃないかな……」

 差出人が誰かも分からないし、単純に気味が悪い。それが最良かと思って、そう意見を述べてみた。

「そうしたいのは山々なのだけれど……どうも、そういうわけにはいないのよ」

 そうもいかない不安要素があるらしく、聖愛は便箋をバッグの中にしまいながら呟いた。

「この早乙女君って、友達の先輩で隣町の学校に通ってるの。道でたまたま会ったから話したんだけれど……」

「へー、そうなんだ」

「その先輩なんだけれど……今は入院しているわ」

「え……?」

 聖愛の言葉で空気が一気に張り詰める。

「夜道に誰かにボコボコに殴られたんですって……。誰にやられたかは暗くて分からなかったそうだけど、私に近付くなって言われたらしいわ」

「いやいや……。相談する相手を間違えているよ! そんな傷害事件にまで発展しているのなら、僕よりも先ずは警察に相談じゃないかな……」

「やっぱり、そうかしらね……」

 聖愛は残念そうにフゥと息を吐いた。

「異世界の勇者様なら、どうにかしてくれると思ったんだけれどね……」

「勇者は便利屋でも何でもないの。モンスター相手に力を振るえるだけさ」

 聖愛がおかしな事を言うので、僕は肩を竦めた。


「……まぁ、たまたまかもしれないし……単なる偶然が重なったってこともあるから、もう少し様子を見てみることにするわ。確かに誰かに見られているような気はするけれど……」

 聖愛は視線を感じたらしく、教室の中をキョロキョロと見回した。

 教室の中には僕たち以外にも他の生徒は居るが、見知った顔におかしな人物はいない。キョロキョロしていれば自然と目が合うこともあるが、別にそれで動揺するような人物はいない。

 聖愛は胸の内を相談したことで少しはスッキリしたようだ。初めよりも明らかに表情は明るくなっていた。

「貴方も、誰かに狙われないように気をつけてね」

 不穏なことを聖愛に言われてしまうので、僕は苦笑いを返したものだ。

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