Turn181.剣聖『砦の戦い』

「ええいっ! おのれ、ちょこまかと!」

「ワンワンッ!」

 思いの外、柴犬は健闘していた。素早く小刻みに動くことでスケルトンキングを撹乱し、擦れ違いざまに脛の骨を咥えて掠め取った程である。

 お陰でスケルトンキングはバランスを崩してしまい、その場に尻餅をついていた。衝撃で体がバラバラになって周囲に骨が飛び散ってしまう。

 なんとも無様な姿であろうか。

──アンデッドの軍勢を率いているので『キング』という冠が付けられてはいるが、どうやら名ばかりで戦闘力はないらしい。

 現に、柴犬なんぞに翻弄されて手出しが出来ないでいるし、毒が効いて動ける者がいなくなってから粋がりだしたことからもその小物感が伺える。


 散らばった骨が自動的に集まり、スケルトンキングの骨格を形成していく。

「待て、こらっ!」

 復活をしたスケルトンキングは、すぐさま柴犬を追い掛けた。

 柴犬はタッタッと部屋の中を駆け回り、スケルトンキングの手から逃れていく。

──柴犬が時間を稼いでくれたお陰で、みんなはだいぶ体の痺れは解けてきていた。

 初めはまったく体を動かすことができなかったが、これ程に時間も掛かっているのだから指先が自由に動かせるくらいには回復していた。

「目障りな奴め!」

 時間ばかりが経過して、スケルトンキングの苛立ちも一層強まってきているようだ。

 手を伸ばすが、柴犬にはヒョイッと逃げられてしまう。それが馬鹿にされているようで、スケルトンキングは憤慨したものだ。

「も、もう、堪忍ならん……!」

 苛々がピークに達したスケルトンキングは、強硬手段に出ることにしたらしい。四肢を四散させ、あらゆる方向から柴犬へと飛び掛った。


──クゥーン……。


 逃げ場を失った柴犬は、悲しげに声を上げた。


「シャドウダストシュート……」

──唱えられた呪文と共に、暗黒色の飛礫がスケルトンキングへと襲い掛かった。飛礫に弾かれてしまい、軌道を変えられた骨たちはあちこちへと飛び散ってしまう。

 とんだ横槍に、スケルトンキングは驚いたように声を上げる。

「な、なんだ……?」

 床に落ちた髑髏が、呪文が飛んできた方向に目を向ける。部屋の入り口──そこには、三人の人間の姿があった。

「テラにアルギバー。それに……」

 その中の一人の顔を見て、スケルトンキングは憤りを露わにした。

「これはこれは、ニュウ・レンリィ殿ではないですか。そちら側に居られるとは、これはいったいどういうおつもりですかな?」

 茶化すようにスケルトンキングが言う。──ニュウは答えなかった。

 代わりに、その返事とばかりに魔法を放った。

「ダークネスバズーカ!」

 邪気を纏った黒色のオーラが砲弾の形状となり、ニュウの手から気砲を飛ばした。

「うひゃあっ!?」

 軌道上にあったスケルトンキングの頭部は慌ててその場から飛び退り、砲撃を回避する。

「危ないじゃないですか!」

 すぐさま抗議の声を上げるが、ニュウは聞く気などさらさらないようだ。スケルトンキングを攻撃すべく、さらなる呪文の詠唱を始めている。


 スケルトンキングの四散した骨パーツが再び一箇所に集まり、元の骨格を形作る。

 もうそうなることには手慣れているようである。バラバラになったことなど気にも止めていない。

「あなたがそのつもりなら仕方ありませんね……。不死身の軍勢が、この場の人間諸共もろともあなたも死の世界へといざらうことになるでしょう」

「果たして、そんなことができるかしらね?」

「余裕ぶっているのも、今のうちですよ!」

 スケルトンキングは憤慨し、上着のポケットから麻袋を取り出して中の白い粉を周囲に振りまいた。それは骨粉で──さらにスケルトンキングが手を開くと、骨粉が自動的に集まって角笛が形成される。


「なんだそれは?」

 アルギバーが警戒して剣を構える。

 スケルトンキングは警戒した相手の姿を見て、勝ち誇ったようにコツコツと歯を噛み鳴らす。

「コイツを吹けば外に待機している不死の軍勢が一斉にこの場に雪崩れこんでくるでしょう。……そうなれば、賢いあなた達ならどうなるかお分かりでしょう?」

 クックッとスケルトンキングが笑う。

「ふん。こっちにはニュウも加わったんだぞ。どんなに数がいようとも蹴散らしてやるさ」

 勇敢なアルギバーが吠えるが、スケルトンキングはそれを嘲笑うかのようにニヤけた顔付きになる。

「おやおや……あなたは気が付いていないようですが、こうしている間にも魔法陣から死霊たちがつくられて軍勢の一員として加わっているのですよ。その数は恐らく……」

 ニュウの一撃によって壁にあいた穴をスケルトンキングが指差す。砦の外の情景が、その先には写っていた。人間たちはそれを見て、思わず言葉を失ってしまう──。

「五百万といったことでしょうか。我が配下、不死身の軍勢がこの辺り一帯を包囲しています。それでも余裕ぶっていられますかな? 最早、逃げ果せることすら困難でしょう」

 砦の外にはアンデッドモンスターたちがひしめき合い、大地を埋め尽くすその魑魅魍魎たちの軍勢は──果が見えぬ程に、遥か彼方まで続いていた。


「そ、そんな……」

「おいおい。こんなことってあるかよ……」


 テラやアルギバーは絶句してしまう。

 みんなの意識がそちらに集中している間に、スケルトンキングは角笛をこっそりと口元に運んでいた。

「そうはさせないわよ。ミラージュブレード!」

──ただ、ニュウ・レンリィだけはそのことを警戒していたようだ。咄嗟に魔法の刃を放ち、スケルトンキングの角笛を切り裂いた。

 破壊された角笛であるが──どうやら元の形を保とうとする力が働いているかのようだ。自然と角笛の欠片が元通りに集まっていき、スケルトンキングの手の中でその断面がゆっくりとくっついていく。


「余所見をしている場合じゃないでしょ! あの軍勢の餌食になりたくなければ、その笛を吹かせては駄目よ!」

 ニュウからの檄で、ようやくテラやアルギバーも陽動に気が付く。目の前の敵であるスケルトンキングへと視線を戻す。

「あ……あぁ」

「そうね……」

 性懲りもなくスケルトンキングは復元された角笛を口元へと運んでいた。

「させるかよっ!」

 すかさずアルギバーが一閃を放ち、スケルトンキングの両膝を打つ。バランスを崩してスケルトンキングは床に倒れる。その際に、手から角笛が離れて宙を舞った。

「ワンッ!」

 柴犬が跳躍し、角笛を咥えてキャッチする。

「でかしたぞ!」

 柴犬の咄嗟の機転を、アルギバーは褒め称えた。


「鬱陶しい連中ですね……」

 スケルトンキングは思い通りに事態が運ばず、かなり苛立っている様子である。すくりと起き上がりながら、忌々しげに吐き捨てた。

 なんとか妨害することが出来てはいるが──テラはふと呟いた。

「……でも、キリがないわね」

 スケルトンキングをいくら叩いたところで復活してしまう。角笛を取り上げたことで不死身の軍勢をけしかけられることはなくなったが──いつまで睨み合いを続ければ良いのか。

 そんな疑問に答えるかのように、ニュウが横から口を挟む。

「一応、不死族のモンスター長のだからね。単にふっ飛ばしただだと簡単に復活されてしまうわ。でも、方法としては、完膚なきまでに粉々にしてしまえば再生能力の発動も断ち切れて、再生を阻止できるわ。……もしも、体の一部でも残っていたら、またそこから再生してしまうけれどね」

 アルギバーは指を鳴らす。

「なるほどな! なら、話しは単純……要は、チリ埃と化すまで攻撃しまくりゃあいいってことだろう?」

「その通りよ」

「なら、任せてよ」

 テラは呪文を詠唱し、手の中に光の玉を生み出した。オロオロと狼狽えるスケルトンキングを睨み、ゆっくりと近付いていったのだった。

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