Turn145.姫『偽の勇者の告白』
お姫様とロディッツィオは、その足でお城に帰還した。ゴードンの石化が解けたのと同じように城の者たちに掛かっていた状態異常が解けて、依り代たちも息を吹き返していた。
玉座の間──。
「糞っ、面目ない……」
大蛇子に隙を突かれ、凍結していた剣聖アルギバーは悔しそうに歯噛みをしていた。
ご自慢の剣撃も、大蛇子の前では意味を成さなかったのでショックを受けているようであった。
他の依り代たちも凍結や石化から解けてはいたが、状態異常に掛かって体力の消耗が激しかったらしい。疲労感からその場に座り込んでしまっている者も多い。
「皆さん、すみません!」
そんな一同に向かって突如としてロディッツィオは声を張り上げ、頭を下げた。
──みんなの注目が集まる。
「本当は、私は勇者様じゃないんです!」
ロディッツィオの告白に、城の者たちは驚愕した。
「ええっ!? 何ですって!?」
「はぁー? マジかよ……」
お姫様やロエニーなど一部の人間たちは薄々そのことに勘付いていたようで、余り動揺を見せなかった。
それでも、ロディッツィオを勇者と信じてやまなかった人々からは怒りの声や非難の声が上がった。
「……俺達を騙しやがったのか!?」
ひと際大きな声を上げたのは、案の定、剣聖アルギバーだ。
険しい顔付きで、ロディッツィオへと詰め寄って行く。
「どういうつもりだ?」
剣聖アルギバーは真っ直ぐに、ロディッツィオの瞳を睨んだ。
「降臨の儀が失敗して勇者が存在していないと分かれば、みんなが絶望に打ちひしがれてしまうと思ったからです……。希望を紡ぐために、失礼ながら勇者様を騙ったのです。本当に、申し訳なく思っています……」
ロディッツィオは弱々しく思いを語り、深々と頭を下げた。最早、これ以上にロディッツィオの口から言えることはなかった。後はひたすらに、頭を下げるばかりである。
剣聖アルギバーの顔が歪んだ。
「勇者様の名を騙る奴は許さねぇって、言ったはずだが?」
「すみません。本当に全て、私が悪いんです……」
問い詰めるアルギバーに、ロディッツィオはただ謝罪するばかりであった。
「一つ問うが……ここに攻め込んできた魔王の幹部はどうした?」
──それは、城のみんなの疑問でもあった。
城を襲撃した魔王の幹部──大蛇子の姿がなく、みんなの状態異常も解けている。
まさか、魔王の幹部たる者が絶好のチャンスを見逃したとも思えない。
「倒しましたよ。勇者様が協力して下さったので」
「倒しただと? お前が?」
剣聖アルギバーの表情が険しくなる。さらに嘘を重ねるのかと、苛立ったようにアルギバーはロディッツィオに詰め寄った。
「それに、勇者様だと?」
「はい。本当に、勇者様はいらっしゃいました。信じて貰えないかもしれないけど……」
そこでロディッツィオは言葉を切り、呼吸を整えた。
「でなければ、私一人で、あんな化け物を倒せるわけがないでしょう? すべては、勇者様のお陰なのです」
ロディッツィオのへりくだった言葉に、アルギバーはフンと鼻を鳴らして頷いた。
真っ直ぐにアルギバーが見詰めると、ロディッツィオも真っ直ぐに視線を返した。
「確かにな……。勇者様がいらっしゃったというのであれば、お前が魔王の幹部を倒せたというのにも納得だ」
次いで、アルギバーはチラリとお姫様に視線を送った。
「……それで、本当のところはどうなんだ?」
お姫様の手にはちょこんと犬が抱かれていた。
「はい。確かに、勇者様はいらっしゃいましたわ。このお犬様の体に降臨なされて、私たちのピンチに駆け付けて下さいました」
「ワン!」
お姫様に抱かれた犬も、まるで自分が勇者であったと賛同するかのように一つ吠えた。
それで、アルギバーも納得したようだ。
「なるほどな。お姫様がそう言うってことはどうやら真実のようだ……」
それでもアルギバーの視線は鋭く、ズケズケとロディッツィオに近付いてきたものだ。
ロディッツィオはアルギバーに殴られるのではないかと、咄嗟に目を閉じた──。
しかし、その次にロディッツィオの肌に触れたのは鉄拳制裁の拳ではなく、優しくポンと置かれた手であった。
瞼を開けると、目の前の剣聖アルギバーはニンマリと白い歯を見せて笑っていた。
「お前は確かに勇者様じゃないかもしれないが、俺達の英雄ではある。全滅の危機に、お前はお姫様を守ってくれたんだからな……ありがとうな」
「アルギバーさん……」
アルギバーの心変わりに驚いたロディッツィオは目を瞬いたものだ。
「お前も俺達の仲間だ。今まで邪険にして悪かったな……」
アルギバーから差し出された手を、迷い無くロディッツィオは握り返した。
こうして、決別しかけた依り代たちは絆を取り戻し、勇者を呼び戻すために奔走するのであった。
しかし、かつて魔王軍の幹部の一人が言った言葉──。
『既に貴様ら十三人の依り代たちの中には、我が配下が紛れ込んでおるのだ……』
十三人の依り代たちの中に潜んだ魔物がいよいよこの後に牙を向くことを──異世界のお姫様も現実世界の僕も知る由もなかった。
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