Turn125.偽勇者『逃げ込んだ村』

 城を追われたロディッツィオとお姫様は必死に走って、近くの小さな村へと辿り着いた。盆地の窪みにつくられたそこはペンチャという名の村であった。

「あの……」

 お姫様は、初めに出会った村人に恐る恐る声を掛けた。村人たちは手に鍬や鎌などを持ち、どうにも穏やかな様相ではない。

 それでも勝手に上がり込むのもなんなので、お姫様は恐恐ながら声を掛けた。

「この村で一番偉い方と、お話がしたいのですが……」

「お、お姫様っ!?」

 それが城のお姫様であることがすぐに分かった村人は、大いに慌てたものである。

「こ、こちらです!」

 お姫様たちをペンチャ村の村長の屋敷へと案内してくれた。



 ◆◆◆



「なるほど。魔王軍の幹部に城を侵略されたと……。それは、大変でしたなぁ」

 村の長であるゴードンは、お姫様から話を聞いて同情するようにウンウンと頷いたものである。

 そして、ふと部屋の奥の方を見るなり声を張り上げた。

「おいっ! 茶はまだか!?」

「は、はい……」

 ゴードンが声を上げると、給仕の少女がお茶を運んできた。まだ雇われて日が浅いのか、どうにも手付きが覚束ない。

 給仕の少女は、お姫様とロディッツィオの前にティーカップを置いてくれた。

 その拍子にピチョンと弾んでお茶が飛ぶと、ゴードンはムッとした顔になって少女を睨み付けた。

「何をしているんですか!」

「大丈夫です。構いませんから」

 叱責するゴードンを、お姫様は窘めた。

 ゴードンは柔和な表情になると、ヘコヘコとお姫様に向かって頭を下げた。

「いやぁ、すみませんなぁ……。何分、彼女は新人なもので」

 給仕の女性が少しムッとした顔になる。

「いえ、構いませんわ。ありがとう御座います」

 それでも気にせず、お姫様は給仕の少女に微笑んだものである。

 お姫様の優しい笑顔に、給仕の少女の頬は赤らんだものだ。


 お姫様はティーカップに口をつけてお茶を飲むと「まぁ、美味しい!」と思わず声を上げてしまった。それ程に、注がれていたのは舌触りの良いまろやかなお茶であった。

「ハッハッハ! それは、ウチの村で採れた茶葉から作ったお茶ですからなぁ!」

 ゴードンは得意気になって大きく笑った。

「勇者様もお飲み下さいよ」

 お姫様はそう言って、隣りのロディッツィオをせっついた。


「「勇者様!?」」

 すると──ゴードンと給仕の少女が同時に声を上げた。両者相反する反応で、ゴードンは顔を顰め、給仕の少女は足を止めて表情を明るくした。

「……ええ、その通りです。この方は、勇者様ですわ」

 お姫様が二人の反応に戸惑いつつも、その疑問の声に応えるように頷いた。

「し、しかし、失礼ながら……勇者様は魔王に敗れたと聞きましたが……」

 ゴードンが怪訝な表情をしながらそんな疑問を口にする。

 お姫様は左右に首を振るった。

「いいえ。勇者様は、魔王などに敗れません。ただ、勇者様の絶大なお力を恐れた魔王によって、別の世界に飛ばされただけですわ」

 そして、隣りのロディッツィオに顔を向けた。

「彼の体の中には、その勇者様の魂が留まっているのです。この世界の平和を守るため……魔王を討ち滅ぼすために、勇者様は再びこの世界にお戻りになられたのです」

「なるほど……」

 ゴードンはお姫様の説明に納得したように頷いた。

 ふと、ゴードンは足を止めている給仕の少女に気が付いて怪訝な表情になる。

「ところで……お前は何をしているのだ? もういいから、下がりなさい」

 給仕は不服そうな顔を見せたが、それ以上に何を言うわけでもなくその場を去っていった。


「いやはや……失礼致しました。……まぁ、なんにせよそちらの事情は分かりましたよ。何もない村ですが、しばらくゆっくりしていかれると良い。歓迎致しますよ」

「ありがとう御座います。しばらくお世話になりますね」

 お姫様はゴードンに感謝し、深々と頭を下げたのだった。

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