Turn124.勇者犬『真実の訴え』

 村に戻ったマローネはそのまま広場に直行した。

 そんなマローネに気が付いた村人たちは「おお、無事だったのかい」と、心配したような声を上げたものだ。

 マローネは壇に飛び乗り、集まった村人たちに聞こえる様に声を上げた。

「大変よ、みんな! 祠の白龍様なのだけれど……」

「おお、どうした? マローネ。取り残されて白龍様に襲われたのかい?」

 慌てふためくマローネの姿を前に、村人たちは冗談じみたことを言う。

「いいえ、そうじゃなくってね!」

 勝手やたらに喋る村人たちを静め、マローネは言葉を続けた。

「その白龍様の災いなんだけど……どうやら、盗賊団の連中が起こしたでっち上げだったらしいのよ」

「はぁ?」と、村人たちはマローネの訴えに怪訝な表情を見せる。

「居なくなったと思ったら、突然、何を言い出すんじゃ?」

「白龍様の祠の中から出てきたのは盗賊団だったわ。そいつらの話では、白龍様の災いをでっち上げてお供え物を持って来させ、それをくすねていたそうなのよ。それも全部……ゴードンの差し金ですって!」

「なんだって? ゴードンさんの?」

 ざわざわと村人たちはざわめき、互いに顔を見合わせたものである。


「おやおや……」

 観衆の背後から割って入ってきた声は、ゴードンのものであった。

 二人の部下を引き連れたゴードンに気が付くと、村人たちは道を開けた。

 黒幕の登場に、マローネの顔が引き攣る。

「ゴードン……。話は全部、盗賊団の人から聞いたんだからね!」

「やれやれ……」

 マローネの言葉にゴードンは息を吐き、頭を掻いた。

「黙っていれば、なんたることですか。聞捨てなりませんな。私が盗賊団を従えている、と? 何を馬鹿な! お前は白龍様を侮辱するおつもりかな?」

「そ、そうじゃよ、マローネちゃん……」

 ゴードンに同調した村人たちが声を震わせた。

「何であろうと、村に多くの死傷者が出た事件が起こったのは事実じゃ。ちょうど、慢心した村人たちが白龍様への供え物を滞らせた時期じゃった。それ以来、お供え物を片時も欠かしておらんが、現に白龍様の災いらしきものはそれ以来、起こってはおらぬぞ」

「そうやって、白龍様の災いを恐れさせて、お供え物を持って来させるのが奴らの手口よ。実際に、祠に行ってみるといいわ。そこに盗賊団がいたもの」

「下手なことを言うものじゃないよ。もうお黙りなさい!」

 村人たちはマローネを窘めた。しかし、何もそれはゴードンの味方をしているからというわけではない。

 村人たちは、心底、白龍の災いを恐れていたのだ。過去の災いが村人たちの心に深い傷を作っていたようである。マローネの言葉は、誰の耳にも届くことはなかった──。

「違うのよ、みんな。全ては、そいつの差し金なのよ……」

 ビシリとゴードンに指を差し訴えるマローネだが、徐々にその語気は弱々しくなっていく。村人たちからの鋭い眼光が、マローネへと向けられた。


「皆さん、騙されては駄目ですよ! 白龍様を信じないとお怒りを買ってしまう。また、災いが起こっても良いのですか!?」

 ゴードンが声を上げると、途端に村人たちは口を噤んだ。

「彼女はこっそりと我々の目を欺き、白龍様のお供え物にでも手を出したのでしょう。それで、白龍様からの罰を恐れて後ろめたくなって……ついには我々のことまで陥れようとしているのですから」

「そんなことはないわ!」

「……ではっ!」

 ゴードンがマローネの言葉を遮り、声を上げた。

「我々の呼び掛けを無視して、どうして貴方はあの場に残ったのですか? あれはそもそも、白龍様の怒りを買い、村に災いを齎す行為だったでしょうに」

「それは……」と、マローネは反論しようとするが途中で言葉を飲み込んだ。どうやら、僕のせいにはしたくないらしい。視線をこちらに向けたが、それ以上は何も言わなかった。


 お陰で村人たちからの心証は悪くなってしまう。何かやましいことがあるのではないかと、勘繰られてしまったようだ。

「マローネちゃん……」

「なんてことをしてくれたんだ……」

 村人たちから非難の声が上がり始める。

「違う! 違うの。私は何もしてないわ! それよりも、白龍様の祟りなんてないの。災いなんてのもでっち上げよ。……すべて、本当はないんだから! 信じてよ!」

 マローネは必死に声を上げたが、立場の悪いマローネの言葉は誰の心にも響かなかった。


 しかも──そんなマローネに向かって、ゴードンは石を投げ付けた。

「きゃあっ!」

 僕は横からジャンプして、寸前でその石をキャッチする。

 ゴードンは忌々しげに舌打ちをした。

「……そうですよ」

 ふと、ゴードンは何やら思い立ったように頷く。

「そういえば、その犬っころが来てから彼女の様子が可笑しくなりました。もしかしたら、その犬っころの方が悪魔の使いなのじゃないですかね」

 突飛にそんなことをゴードンが言い出した。


 しかし、そんな適当な言葉は、マローネが裏切ったということよりも、すんなりと村人の心に受け入れられたようである。

「なるほど……。確かに、あのワンコロが来てからマローネの様子が可笑しいかもな……」

「マローネがお供えの場に残ったのも、このイヌが見つからなかったからだしな」

 村人の敵意がマローネから僕へと向けられる。

「ち、違うのよみんな……」

 マローネが庇ってくれようとするが、それでは余計にマローネの立場が危うくなるばかりである。

 どうするか──。


「グルルルルッ!」


 僕は牙を剥き、村人たちに向かって唸り声を上げた。悪役を演じて、村人たちの敵意をこちらに向けることにしたのである。


 村人たちが怯んで後退ると、僕は一気に森に向かって駆け出した。

「あっ、待て!」


 村人たちが武器を手に取り、追ってきた。


──僕としては好都合だ。

 僕が囮になれば、マローネが非難を浴びることもなくなるだろう。

 だから、僕は走ってその場から逃げ出した。



 ◆◆◆



「やれやれ、せっかちな人たちですねぇ……」

 広場に残ったゴードンは肩を竦めた。

 そして、ギロリとマローネを睨み付ける。

「……しかしまぁ、よくぞあの祠から逃げて来られましたねぇ。しかも色々と情報も知ってきたようですし……」

「あなたの教育が悪いからじゃない!」

 マローネがゴードンを睨む。

「部下に、ペラペラと内情を喋らないように教育しておきなさいよ。お陰で、こっちはいい迷惑よ!」

「それは失礼致しましたね。……おい」

 ゴードンが顎をシャクると、取り巻きたちがマローネの腕を掴む。

「な、なにをするのよ!?」

「殺しはしません。ここであなたの身に何かあれば、戻ってきた村人たちが不自然に思うでしょう。……だけど、少し大人しくしておいてもらいますよ。これ以上、余計なことを言わないようにね」

 ゴードンは怪しく口元を歪ませると、マローネの口を手で押さえた。

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