Turn126.村の娘『救いの手』

 客間から出たマローネの両脇を、ゴードンの下っ端たちが固める。ガタイの良い二人の男からサーベルを突き付けられ、マローネは息を飲んだものだ。

「余計なことをするなと言っただろう」

 男から睨まれて、マローネは肩を竦めた。

「余計なことはやっても言ってもいないけれど? 現に、お姫様たちは気付いていないじゃない」

 そう言いながら、マローネは客間の中に向かって顎をしゃくる。

 相変わらずお姫様とロディッツィオは、何食わぬ顔でゴードンと話をしている。

「そうか……。もしも、気付かれるようなことがあれば、お姫様の命ごと奪えとの命令だったんだがなぁ……」

 ガタイの良い男は、どことなく残念そうだ。血に飢えているのだろう。

「だから、そんなことはしないって……」

 マローネは呆れて溜め息を吐いたものである。

 そして、次いで客間に視線を向けた。

 あらぬ誤算──勇者の背中。

 勇者が居るのであれば、その場でゴードンに脅されていることを暴露しても良かったのだが、お姫様が居る手前、危ない橋を渡るわけにもしかなかった。

 仕方なく、マローネはここまで身を引いたのだ。


 男たちに連行されて、マローネは充てがわれた部屋の中に入った。外側から鍵をかけるという変わったタイプの扉で、マローネは部屋の中に監禁されることとなった。

 後ろでガチャリと扉の締められる音がすると、マローネはふぅと息を吐いたものだ。

 そして、落胆するかと思えば──表情を明るくして神に感謝したものである。

 何と都合の良いタイミングでお姫様がこの村を訪れてくれたものであろうか。しかも、勇者様も同行しているのである。

 これ以上のチャンスなどあるまい。

 何とかして、ゴードンの悪事をお姫様たちに伝えることはできないだろうか──マローネはそう頭を悩ませたものである。


『逃げて行った犬のことは、大目に見てあげましょう。その代わり、余計なことは口にしないようにお願いしますよ。……ついでにその生意気な出鼻を挫くために、お屋敷で給仕でも勤めてもらいましょうか。……勿論、お給金は出しませんがね……』

 ゴードンはケラケラと笑った。

 そして、マローネを自身のお屋敷へと連れ帰ったのだった。

 命の恩人である僕の身を案じ、マローネは秘密を口外せず、ゴードンの給仕として働くことを屈辱ながら受け入れたのだった。


 勇者とお姫様に全てを打ち明けてしまえば、ゴードンも抵抗することができないだろう。

──ただ、ゴードンに、先にこのことに勘付かれてしまうのは宜しくない。そうなれば今度こそ、口封じとしてマローネの命が危ぶまれることになるだろう。


 マローネは部屋の扉に手を掛けて、ガチャガチャとドアノブを捻った。

──しかし、鍵が掛かっていて、部屋から抜け出ることすら叶わない。

 そもそもどうやって、勇者とお姫様に自分のエスオーエスを伝えれば良いのか──。

「こんなに近くに、救いの手があるというのに……」

 伸ばした手は、簡単には届きそうにない。


 マローネは深く溜め息を吐いたのだった。

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