Turn116.勇者『狂気到来』

「あぁ、そうか……。そういうことなんですね、勇者様……」

 ふと精神科医が思い詰めた表情になって頷いた。

「そうか……貴方様は、私をお見捨てになられたんですね。私をこの世界に置いて、異世界にお戻りになられてしまったんだ……」

 ブツブツと精神科医は呟く──。

「許せるかい? そんなこと……」

 精神科医はデスクの引き出しを開けた。

「……許せないよね、そんなの……」

 引き出しの中からナイフを取り出し、精神科医は虚ろな目をしながらそれを見詰めたのだった。


 トタトタと廊下を歩いてきた精神科医は、ソファーに横たわる僕の側へと近寄った。

「勇者様。……どうか私の元に、戻ってきて下さいっ!」

 そう叫びながら、精神科医は僕に向かってナイフを振り上げた──。

「何をしてるんですかっ!」

 声を上げ、横から精神科医に体当たりをしたのは不知火である。間一髪のところで不知火からの助けが入り、二人は勢いのまま床に倒れた。

 僕の体も同様に、縺れた二人にソファーを倒され、床に転がり落ちてしまう。

 精神科医が手を離したナイフが、床に突き刺さる。

「いたたた……」

 二人が痛みに悶えていると、聖愛が慌てて倒れている不知火に駆け寄った。

「大丈夫?」

「う、うん。それよりも彼を……」

 顔を顰めつつ、不知火は僕へと視線を送った。

 それに気が付いた紫亜が横たわる僕の体に駆け寄ってくれた。僕の体を支えながら起こし、部屋の隅に置いてあった車椅子へと座らせる。


「痛いじゃないですか……」

 のっそりと起き上がった精神科医は、僕らに睨みを利かせてきたのだった──。

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