Turn77.姫『司書の覚醒』

 広間に辿り着いたお姫様は、目の前に広がるその惨状に思わず絶句してしまう。

 床には血溜まりができ、人々が床に倒れていた。


「ひ、姫様……逃げるのね……」

 デスサタンに首を掴まれ、体を持ち上げられたピピリ・ガーデンが苦しそうに顔を顰めている。

「あぁぁあああっ!」

 首を絞める手に力が入り、ピピリは悲鳴を上げた。呼吸ができず、ピピリは手足をバタバタと動かしていたが──やがて意識を失い、項垂れてしまう。


「あっ……あぁ……」

 お姫様は恐怖のあまり、その場に立ち尽くしてしまっていた。


 デスサタンは用済みとなったピピリの体を、壁に向かって投げ付ける。

「……ふむ?」

 そして、お姫様に気が付いたデスサタンたちは、嬉々とした表情でその周りを取り囲んだ。

 まるで新しい玩具を手に入れた子どものように目を輝かせ、その玩具が壊れゆく様を楽しまうとした。

「ゆ、勇者様……」

 デスサタンがゆっくりと、お姫様に向かって手を伸ばした。

 絶体絶命のピンチに、お姫様は目に涙を浮かべながら祈りを捧げた。

「お助け下さい。勇者様……」

 常に、お姫様の心の中には勇者の姿があった。こんな時にでも縋り付くのは神でも仏でもなく、頼れる親愛な勇者であった。


 そんなお姫様の首がデスサタンによって掴まれる。

「んぅぅ……」

 その体を持ち上げようとして、ふとデスサタンの手が止まった。

「……なんだぁ?」

 背後の気配に気が付いて振り向くと、依り代の一人が立ち上がっているのが目に入った。

 の変化に気が付いた。


 瀕死状態であったはずの眼鏡の男──ノリット・ソートが立ち上がり、全身から凄まじい光を放っていた。

「穢らわしい化物め。姫からその汚い手を離せ!」

 ノリットはデスサタンに向かって叫び、ギロリと睨みを利かせた。


「うっ……!?」

 どうしたことであろう──。

 打ち負かしたはずの人間に睨まれたデスサタンの足は、何故だかガタガタと震えたものである。


「なんだ、お前は?」

 二体のデスサタンが指を鳴らしながら、ノリットの前に立ち塞がった。

 ノリットを見下ろしながら、鼻を鳴らす。

「何だ、お前は」

「人間風情が、粋がるんじゃねぇ」


 ノリットはそっと片手を上げて、そんな二体のデスサタンに向けかって手の平を掲げた。

「……光魔法ビェム……」

 瞬間──ノリットの手から光の球が放たれ、視界から消え去る。


「……あ?」

「ああ……あぁあ……!」

 二体のデスサタンの動きが止まる。

 その攻撃を受けた本人も、何をされたのか分かっていないようであった。

「なんだと……?」

 デスサタンは視線を落とした。胴体に、大きな風穴が空いていた。

 二体のデスサタンはそのまま絶命し、床に崩れ落ちるように倒れた。


「ただの人間に、どういうことだ?」

 やられた二体の仲間を前にして、デスサタンは驚いたように目を見開く。

 そして──そんなデスサタン自身の腕も吹き飛ばされていることに今更ながらに気が付く。

「がっ!? がぁあああっ!」

 肩口から先がなくなり、掴んでいたはずのお姫様も腕と一緒に床に落ちて倒れていた。


「うぉおおぉおっ!」

 その事実に気が付いたことで、急にデスサタンは激しい痛みに襲われた。膝をついて悶絶し、悲鳴を上げた。

「人間が……許さぬぞ!」

 だが、デスサタンの闘志はまだ消えていない。

 殺気の籠もった視線で、ノリットを睨み付ける。

「ここで我が敗れたとしても、城が囲まれていることを忘れるなよ! 仲間が貴様を葬ってくれるわ!」

 デスサタンの勝ち誇ったかのような言葉に、ノリットは息を吐いた。

「こちらも時間がないのでね……ちゃっちゃと、決着をつけさせてもらおうよ……」

 ノリットは頭上に向かって手を掲げた。

 すると、デスサタンの前に六芒星の魔法陣が浮かんだ──。

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