Turn66.勇者『誘いの理由』

 荷物をコテージに置いた僕は、夕食の支度をするために指定された釜戸に向かって歩いていた。


 不知火はゲームをキリの良いところまで進めたいと言い、伊達村も必要なものを整理してから行くと言ってコテージに残った。

 お陰で、僕だけが先に釜戸へ向かうはめになったというわけである。


「あら、一人なの?」

 追い付いてきた西崎聖愛が声を掛けてきた。──そういう彼女も、何故だか一人である。

「そっちもね」

「紫亜、山道を歩き疲れたからって、コテージで休んでるわ。しばらくしたら来るって」

「みんなマイペースだな……」

 折角みんなでキャンプに来たというのに──それぞれ別行動を取る彼らに呆れて、思わず苦笑いをしてしまう。

「そっちも一人みたいね。……まぁいいわ。一緒に行きましょうよ」

 僕と聖愛は山道を二人で連なって歩いた。

 段々と日が落ちてきて、辺りは薄暗くなってきている。


 山道を二人で歩きながら、僕は聖愛に兼ねてからの疑問を尋ねてみる。

「僕をどうしてこのキャンプに誘ったのさ?」

「それは……」

 聖愛は言い難そうに俯いてしまった。


 何か言い難い理由でもあるのかと返事を待っていたら、聖愛はこんなことを言い出した──。

「あなたのことを、もっと良く知りたかったからよ……」

「……えっ!?」

 面と向かって、女の子にそんなことを言われるとは──。ついドキリとしてしまう。


「恵のこと……憶えているかしら?」

 そこで突然、聖愛の口から彼女の名前が出たので、僕の思考は停止してしまった。

 世間では、失踪したとされている僕のクラスメイトの名前──。

 しかし、その真相は、この世界へと助けを求めに来た異世界人。彼女は日中はこの世界の女子高生──恵として、力のある者の存在を探していた。

 勇者の力で彼女を救ったところ、この世界とのリンクが切れてしまったようだ。忽然と、その姿を消してしまった。

 だから、この世界で彼女はいなくても、きっと異世界で彼女は元気に暮らしていることだろう──。

 そのことを知っている僕は、世間の人々とは違って彼女の失踪を深刻なものとは思っていなかった。


 でも──。

「どうして、ここで恵の名前が出て来るのさ?」

 素直に僕は疑問に思ったので、聖愛に尋ねた。

「あの子ね……居なくなる前に言っていたのよ。この世界で勇者様を探しているって。勇者様だけが、私を助けてくれるって。……そんなの、作り話だって思うでしょう? それなのにあの子、そんなことを毎日、真面目に言っていたのよ」

 この世界で生きる人間からすれば、恵がする異世界の話は単なる空想としか思えないのだろう。

 ──しかし、恵にとっては異世界の自分の命に関わる大事なことだったのだ。真面目になるのは当然のことであろう。


 どうやら聖愛は、そんな恵の言葉を茶化すために引き合いに出したわけではないらしい。

「あなたが転校してきてね。恵は、あなたにかなり惹かれていたみたいなの……。『勇者様が見付かった』って。誰も相手にしてくれなかった彼女の言葉に、あなたは最後まで付き合ってくれた。だから私は彼女の友人として、貴方に興味を持ったわけ」

 聖愛は足を止め──そして、微笑んだ。

「恵が惹かれたあなたのことをもっと知りたい……。そう思ったから、不知火君にあなたを誘ってもらったのよ」

「なるほどね……」

 僕がここに呼ばれた理由が、それで納得できた。

「私は貴方に感謝しているわ。恵を信じてくれて、ありがとう」

 聖愛からの感謝の言葉は、僕の心をほっこりと温めた。

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