Turn65.剣聖『獰猛な獣の刺客』
それは、満月の夜であった──。
森の道を四名の依り代たちは城下町目指して下山していた。お姫様の城は山の頂きにあり、栄えた麓の町まで行くには険しい山道を下らなければならない。
「あんなところでじっとしていたら、体が鈍っちまうぜ」
剣聖アルギバーは肩を上げ下げ──首を回して、体の骨を鳴らした。
「でも、大丈夫なのですか、剣聖様……。お城を勝手に抜け出してしまって……」
赤髪ロングヘアーの少女──ロエリー・ジェネリックが不安げな表情でアルギバーの後ろを歩く。彼女も一剣士であり、俗にいう『魔法剣士』であった。
「飼い鳥じゃねぇんだから、檻から出たって責められる謂れはないね。町に言って、パァーッと飲もうぜ!」
アルギバーの提案に、後ろを歩く筋肉隆々の大男が頷く。
「オレ、若いねーちゃんと、楽しく飲みたい……」
「おーよ! 城下町で親睦会といこーぜ!勘定は、お城持ちってことで……構わないだろう!」
筋肉隆々男──ドリンキィ・フリンキーは、にこやかな表情を浮かべた。
「……いいね……」
少し遅れて、モヤシみたいなヒョロヒョロの剣士が今にも消え入りそうなか細い声で呟いた。
チビリング・ガーリー──彼も、剣士である。
剣士三人の中に混ざったドリンキィだけは木こりであり、背中に体格に似合った大きな斧を背負っていた。
そんな異色の一行を、草むらの陰から睨み付ける影があった──。
闇夜に紛れたその影は、月に雲がかかったのと同時に草むらから飛び出した。
──グオォオオォオオォン!
木々を凌駕する程の巨大な背丈の猛獣──。
頭には鋭い角が生え、鋭利な牙を剥き出しにして恐ろしい咆哮を上げた。
さすがは依り代に選ばれた人物だけあり、突然の猛獣の出現にも驚くことはなく、アルギバーはすぐさま背に背負っていた大剣を構えて臨戦態勢に入った。ロエリーやチビリングは剣を抜き、ドリンキィは斧を構えた。
場数を踏み、多くの魔物たちと対峙してきた剣聖アルギバーには、すぐさまその猛獣の正体が分かった──。
「ベヒーモスだと……? なんだって、そんな上級モンスターが、こんなところにいるんだ……?」
アルギバーが驚くのも無理はない。
ベヒーモスは魔王城に近い深淵部にしか生息していない希少モンスターである。それがこのような最果ての地まで本来、やって来るはずがないのである。
「ヒェッヒェッヒェッ……!」
さらに、何者かの不気味な笑い声がベヒーモスの背から響いた。
ヌッと後ろから顔を出したのは、顔に皺が深く刻まれた老人であった。
──ただ、人間の老人というには血色が悪く、目鼻耳口どの顔のパーツも鋭く尖っている。
それもそのはずで、彼はただの人間などではない。魔王軍の幹部を務める魔導師ペデロペであった。
「十三人の依り代などと、余計なことをしおって。……魔王様もお怒りであるぞ。勇者を再びこの地に呼び戻させはせぬ。ここで貴様らには死んでもらうとしよう!」
不敵にフェッフェッと笑ったペデロペは、ベヒーモスの背から飛び降りて岩の上に着地した。
そこをまるで観戦席にでもするかのように、ドカリと腰を下ろした。
「やってしまえ!」
──グオォオオォオオォン!
ペデロペの叫びを合図に、ベヒーモスが毛を逆立てて咆哮を上げた。
「ひ、ひぃっ……」と、ロエリーは怯え──。
「……無理……」と、チビリングは諦め──。
「コレは、いかん」とドリンキィは顔を顰めた。
そんな中で、剣聖アルギバーだけは唯一闘志を燃やし、前に出た。
「こんなところでビビってたら、剣聖様の名が廃るってもんだぜ! うぉおぉおりゃあぁぁああ!」
ベヒーモスに負けじと叫び声を上げたアルギバーは、剣を振り上げながら突っ込んでいく。
振り下ろされたベヒーモスの前脚を横に飛んで躱し、アルギバーは必殺技を繰り出した。
「銀河帯流星斬!」
煌めく無数の斬撃が、ベヒーモスに襲い掛かる。
──グググッ!
「クッ!」
ところが、その斬撃のどれもがベヒーモスの硬い皮膚に阻まれて、傷一つつけることができない。
「ば、馬鹿な……」
剣聖と呼ばれた男も自分の太刀が通用せず、これには愕然とするばかりである。
──グオォオオォオオォン!
その隙をついて、ベヒーモスが前脚を横薙ぎに払った──。
「ぐはぁああぁああっ!」
アルギバーはそれをまともにくらい、吹き飛んだ彼の体は地面を転げた。そのままペデロペの足下にある岩場に体を打ち付け、衝撃で意識を失ってしまう。
「ひ、ひぃぃいっ!」
──恐らくこの中で一番の強者である剣聖アルギバーが倒れたことで、残った三人の戦意は喪失してしまう。
敗走モードとなり、敵に背を向けて走り出した。
しかし、すぐさま跳躍したベヒーモスに回り込まれてしまい、退路が断たれる。
「こうなったら、戦わないとね……」
赤髪ロングヘアーの魔法剣士ロエリー・ジェネリックが剣を構えた。
それを見て、他の者たちも奮い立つ。
「オレ、ただでは死なない」
筋肉隆々の大男──木こりのドリンキィ・フリンキーも腰を低く斧を担いだ。
「……だ、大丈夫かなぁ……」
ヒョロヒョロの剣士チビリング・ガーリーは弱腰ながらも剣を握った。
「さぁ、残りは雑魚ばかり……さっさと仕留めてしまえ! ベヒーモス!」
──グオォオオォオオォン!
ペデロペが指示を出すと、ベヒーモスは瞳を真っ赤に充血させ、より凶暴に覚醒モードへと変貌するのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます