Turn55.姫『集結する志願者たち』

「これで、志願をされていた方々は全員揃ったようですわね」

 お姫様は壇上から、面に集まった有志達の顔を見回すした。

 一、ニ、三──十三人の依り代志願者が、この場に集結したのであった。若い娘も居れば年老いた男まで年代は様々で、名の知れた人材も何名か居た。

「皆様、本日は勇者様のために……魔王に侵略されたこの世界を救うために、ようこそこの場に志願され、お越し下さいました。誠にありがとうございます」

 お姫様の澄んだ声が、玉座の間の中に反響する。

 部屋の中の誰しもの目がお姫様へと向けられた。


「この世界で唯一闇魔界の魔王に対抗できるお力を持っておられた英雄──勇者様が、魔王の手によって姿をお消しになられてからというもの、魔王は好き放題に世界を渾沌へと叩き落としています。人々は絶望し、大地の荒廃も広がっております。私も、一時は絶望の底に転落してしまったものです……」

 お姫様は顔を伏せた。

 そんなお姫様の暗い表情を見たテラが、剣聖アルギバーに視線を送る。アルギバーはそんなテラの視線に気が付き、顔を伏せて拳を震わせたものだ。


 水面下での、そんな二人のやり取りに気付いていないお姫様はさらに話を進めた。


「一度は私も勇者様はお亡くなりになられたのだと、絶望の淵で悲しみ暮れたものであります……」

 お姫様は泣きそうになって声を震わせたが、それでもなんとか聴衆たちに訴え掛けようと振り絞るように言葉を続けた。

「……しかし、勇者様は生きておられました。どこに居るのかは分かりませんが……今でも私たちのことを別の世界から見守り、力を貸して下さっているのです」


 お姫様の言葉に、聴衆たちは瞳を輝かせたものである。世界の希望たる勇者の存在は、まだこの世から失われたわけではない。

「勇者様も、なんとかこの世界にお戻りになられようとしています。私たちに力を貸し、この世界の邪悪の権化である魔王を討伐しようとお考えになられているのです。……この世界に再び勇者様にお戻りになって頂くために、皆様のお力をお貸しください。宜しくお願い致します」

 お姫様はそう言い切ると、聴衆たちに向かって深々と頭を下げた。

 それまで黙ってお姫様の話に耳を傾けた十三人の依り代候補者たちも、感慨して拍手を送る。


「ただ、一つ。覚悟しておいてもらわなければなりません……」

 横からテラが声を上げ、拍手が疎らに止まっていく。お姫様の視線も、段の下に居るテラへと向けられる。

「もしも、勇者様がその体を依り代としてこの世界に降臨された場合……その肉体は勇者様のものとして扱われるでしょう。……それはつまり、今居るあなたの意識は消滅し、勇者様にその御身を捧げることになるのです。……ですから、その覚悟がない者は、この場から立ち去って下さい。今ならまだ間に合います」

 そう言うテラの口調は厳しい。

 それ程に、依り代になるということは──人間の意識が失われてしまうかもしれない、覚悟のいるものなのである。生半可な気持ちで参加するようなところではない。


──ところが、誰もその場から動く者はいなかった。

 十三人の依り代候補者たちも、端から我が身を投げ打つ覚悟を決めて、この場に集結したのである。


「感謝致します……」

 犠牲を買って出た依り代候補者たちを前に、お姫様は声を震わせた。

 皆の優しい決断に、お姫様の瞳からホロリと涙が流れたのであった。

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