Turn56.勇者『週末』

「あ、きたー。おーい! こっちこっち!」

 僕と不知火が待ち合わせ場所である駅前の広場に行くと、こちらに気が付いた少女が呼び掛けてきた。広場の銅像前で手を振るその少女は、二組の園田紫亜だ。

「あー。やぁ!」

 不知火の方も、紫亜の挨拶に応えて手を振り返す。

「フンッ、ったく。遅いぞ、お前ら!」

 そんな紫亜の後ろから、苛立ったような低い声が響く。腕組みをして顰めっ面をしているのは、三組の伊達村信だ。

──彼もこのキャンプメンバーの一人であるらしい。それにしては不機嫌な顔をしている。


 伊達村はギロリと不知火を睨み付けた。

「こっちは、このうるさい奴と五分も待たされたんだぞ! 早く来いよ!」

「誰がうるさい奴よっ!」

 伊達村の棘のある言葉に、紫亜が食って掛かった。

「まぁまぁ……」と、到着したばかりの不知火は二人の間に入って場をおさめようとする。

「一応、遅れないように少し前にきたはずなんだけどね……。待たせたみたいで悪い」

 ハハハと、不知火が愛想笑いを浮かべる。


──僕は腕時計に視線を落とした。

 それでも待ち合わせ時刻よりも五分も前である。

 ならば、苛立った伊達村たちはどれくらい前からここで待機しているというのか──。

「気にしなくていーよ、不知火君。伊達村君も楽しみで待ちきれなかったから早く来ちゃったんでしょ。前々から『何持って行ったらいいかな?』って、相談受けてたし」

「ば、馬鹿っ! 言うなよな!」

 突然に紫亜から裏事情を暴露され、気が動転した伊達村が口を塞ぎに掛かる。

「ちょっと! 触らないで!」

 小競り合う二人のやり取りを見て、なんだか仲の良さが伺えたものだ。

 実際に、揉み合いになっているのに不知火も止めに入ろうとはしない。


「……まぁ、楽しみなのは当然よね。みんなで前々から計画してアイディアを出し合ったんですもの」

「ま、まぁな……」

 ふと、我に返った紫亜が呟くと、伊達村もそっぽを向きながら頷いた。


「そう言えば……聖愛さんの姿が見えないけれど……?」

 不知火がキョロキョロと辺りを見回しながら紫亜と伊達村に尋ねる。

 聖愛──西崎聖愛は、紫亜と共に僕をキャンプに誘うことを推薦してくれた女生徒の一人である。


「聖愛ちゃんなら、先に言って受付とか準備を済ませといてくれるって言ってたわ」

 紫亜が説明すると、不知火は残念そうに口を尖らせた。

「なーんだ。一緒に行けば良いのに……」

「まぁ、仕方ないわよ。色々準備してくれるっていうのだもの。感謝しないとね」

 不知火に応えた紫亜は、次に僕の方へと視線を向けてきた。

「ごめんなさいね、付き合わせちゃって……」

「いや、構わないよ。こっちも誘って貰って嬉しかったから。ありがとうね」

「なら良かった。長旅になるけどよろしくね!」


「おーし。じゃあ、そろそろ行くとしようか」

 伊達村に促され、僕らは駅に向かって歩き出した。


 こうして、これから僕らの親睦会を兼ねた楽しい旅が始まるのだった。

 ──しかし、その先で大変な事態が起こるとは、この時の僕らは誰も予想していなかった。

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