Turn47.異世界の少女『最高位の魔法』

 地下道を抜けて、晴れてテラは地上へと到達することができた。

──しかし、外は激しい砂嵐が吹き荒れている。

 薄い最小限の布切れしか体に纏っていないテラの格好では、砂嵐の中を満足に進むこともできないだろう。

 吹き荒れる砂嵐の中、外に出ることはさすがに躊躇してしまう。


「ああ、愛しのテラよ。ここに居たのかい」

 そのねっとりとした声が背後から聞こえてきた瞬間、テラの全身に鳥肌が立った。

 振り向くと──笑顔を浮かべたレイリーが立っていた。

 ここまで上手くやり過ごしてきたというのに、どうやら追い付かれてしまったらしい。

 最後にはやはり、この悪党と正面から対峙しなければならないようだ。

「君が消えてしまったから居なくなってしまうのではないかと、私は心配で心配で堪らなかったよ」

 レイリーは演技がかった口調で胸を押さえながらテラに近付いていった。

 テラとの距離が縮まると──途端に、レイリーは豹変して声を上げた。

「この糞女が!」

 怒声と共に、テラの頬を殴り付ける。

「ンゥ……!」

 まともに拳を受け、テラは床に倒れてしまう。


「私から逃げられるわけがないだろう? 君は一生、私のモノなのだからさ。モノは……主人に逆らっちゃ駄目だろう? なぁ、愛しのテラよ……」

 レイリーは心底残念そうに溜め息を吐くと、頭を抱えた──。

 そして、腰に携えている鞘から剣を抜くと、その刃を見詰めた。

「そうだな……。おいたが過ぎるよ。悪い子だ。どこかに行ってしまおうだなんてね……。だったら、そんな悪い足なんていらないから切ってしまおう。そんな君の姿も、より素敵じゃないか!」

 その言葉は──冗談などではなかった。

 レイリーは高揚し、胸を躍らせていた。

──足のないテラの姿を見てみたい──。

 まるで、その姿を求めるかのように、レイリーは剣を構えたものである。


 テラは唾を飲み込んだ。

 恐怖でその場から身動きが取れなくなってしまう。顔が引き攣り、涙が溢れた。


「テラ……」

 そんなテラの表情を見て、レイリーも心を痛めたのだろうか。ふと、悲しげな表情になる。


──グサッ!

「ンゥゥンンンゥゥウウウ!」

 ところが問答無用に、レイリーはその剣先をテラの左足に突き刺した。

 悲鳴を上げて倒れるテラを、レイリーは恍惚な表情で見詰めた。

「……フフッ、心地よい悲鳴だねぇ、テラ。……あぁ、そうだ。覚えているかい? 私たちが初めて会った、あの日のことを……」

 テラは痛みで、それどころではなかった。レイリーの言葉など耳には入っていない。


 レイリーは剣をテラの足から抜くと、そこから滴った血を不気味にも舐めた。

「君は本当に素敵だったよ。ここに来た時は、全身がボロボロだったね。まるで全ての能力を使い果たしたかのように、燃え尽きて真っ白だった……。純白だった……。そんな君に、私の心は射抜かれてしまったのだよ」

 テラがレイリーに対して何をしたわけではない。レイリーからの一方通行な愛情であった。

「言葉なんていらない。魔族である私を、君は当然、良くは思わないだろう。君の心なんていらない。返事なんていらないんだ。……ただ、僕の愛に応えてくれれば良い。……だから、君の喉を奪わせてもらったんだ。憶えているかね?」

 テラはレイリーを睨み付けた。

 それは、彼女にとって忌まわしき記憶であった。

 力を使い果たし無抵抗なテラの喉を、レイリーは魔法によって奪ったのである。

「君はさ、これからも私の側に居なくちゃいけないんだよ。例え、私の方が君を拒絶するようになろうとも、君はいつまでも私を愛し続ける存在でいなくちゃいけない。分かるかね?」

 レイリーは熱く語ったが、その言葉は一つもテラの耳には入らなかった。

 そんなことよりも、彼女の中にはある思いが強くなっていた。


──逃げたい。

 その思いが強くなっていく。

──こんなところから逃げ出したい……。


 恐怖に苛まれ、テラの足が竦んでいたその時である──。


『ストビゲス・ジックトゥー・トロイエンフ・スタンカップ』


 テラの心を鎮めるかのような、優しげな声が耳に入ってきた。

──この呪文は……。

 それは、テラすらも耳にしたことのある呪文であった——。


「ステマジヘルワン……」

 テラは治癒呪文を口にした。剣で刺された足の傷がみるみる回復していく。

 テラはゆっくりと立ち上がり、レイリーを睨み付けた。


 そんなテラに驚いたレイリーが、目を見開く。

「て、テラ……君はなかなか頑丈なようだね。足を剣で貫いたというのに、平然と立っていられるだなんて……」

 まさか、喉を潰したテラが回復呪文を唱えたとは、レイリーも思わなかったのだろう。動揺しつつ、再びテラに向かって剣を構えた。


「ストビゲス……」

 テラはゆっくりと、その呪文を唱え始めた。

「な……なんだと!?」

 レイリーが驚いたのは、テラが言葉を発したからか──あるいは、その詠唱を始めたからかもしれない。

 レイリーは酷く怯えたような顔になり、持っていた剣を放して床に落としてしまう。

「やめてくれ……。それは、まさか……」

 狼狽えたレイリーは、徐々に後退って行く──。


「……ジックトゥー……」

 それでも、テラは詠唱を止めない。引き続き、勇者から教わった言葉を続けた。


「やめてくれっ! それ以上は、その呪文を続けるんじゃない!」

 そんなテラに向かって、レイリーは懇願するような眼差しを送る。


「……トロイエンフ……」

 しかし、テラは呪文を止めなかった。


「テラ……よく考えてくれ! 私のことを愛しているのなら、それ以上、その呪文を唱えるべきではない!」

 レイリーは叫び、テラに向かって手を伸ばした。

──端から、テラの心は決まっていた。


「……スタンカップ!」

 最後の言葉を唱える──。

 テラを中心に、白い閃光が円形状に広がっていった。その光は余りにも眩しく、テラ自身もとても目を開けてはいられなかった。


「あっ……や、やめっ……ぎゃぁああぁああ!」

 その白く神々しい光に触れたレイリーの体は──四散して消えていった。


 テラが唱えたその呪文──最上級聖性魔法によって、周囲の邪気は浄化されていく。

 一本の光の柱が空へと上がり、デオドラント地域に広がっていた黒雲を晴らしていった。

 お陰で、永遠に降り続けていたであろう砂嵐はピタリと止まり、この砂漠の地域一帯に平穏が訪れることとなった。

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