Turn46.勇者『時間外勤務』

──コツン、コツン、コツン。

 夜の校舎の廊下に足音が響いた。

 教師が一人、こんな遅くにまで残っていたらしい。見回りでもするかのように廊下を歩いていた。

──コツン、コツン、コツン。

 そんな足音が、僕らが居る一階家庭科室へと近付いて来てくる。


──不味いな。

 これは誤算であった。

 セキュリティーがあるから警備はいないと踏んでいたが、どうやらまだ残って作業をしていた教師が居たようだ。


 僕は冷や汗をかいた。

 隣りでは恵が寝息を立てている。時折悪夢に魘されて、顔を歪めている。

 こんな状況で教師に見付かって、彼女から引き剥がされたらどうなるのだろう。

 それだけは、恵にとっても良くないはずだ。


──仕方がない。


 僕は覚悟を決めた。恵の体を抱いて、ゆっくりとラグの上に横たわらせる。

 そして、そっと扉を開けて廊下に出た僕は、教師の足音がしてくる方向と反対側へと移動する。

 身を屈め、できるだけ離れたところまで慎重に移動していく。


 教師の足音が、徐々に家庭科室へと近付いていった。そして、その音は家庭科室の前で止まり、手が扉へと掛けた。

 ギリギリのところまでスルーしてくれることを願って引き付けたが、もう待つことはできない。

 扉が開けられれば、間違いなく恵は見付かってしまうだろう。


──ドーン!

 僕は思い切り床を踏み鳴らした。

「誰だっ!?」

 教師の叫び声が、廊下に響いた。


 さらに僕は、足音を鳴らしながら廊下を走り出した。


「待てっ!」

 そんな僕を追って、教師も駆け出した。


──それで良い。

 兎に角、恵の居る家庭科室から教師を引き離さなければならない。

 僕は昇降口へと向かい、鍵を開けて校舎の外に出た。余り教師を引き離し過ぎると見失われる可能性もあったので、程良い距離を保ちつつ僕は走った。


「止まれ!」

──当然、止まる気などない。

 そのまま校門までダッシュして、手をついて飛び越えた。学校の敷地から外へと出た僕は、すぐに角を曲がった──。

 追随してきた教師は、そうとも知らず真っ直ぐに僕の背中を追って走って行った。


 僕はその間に校舎の裏手に回ると始めと同じようにフェンスを潜って恵の居る家庭科室へと戻った。

 そもそも、教師は用があってこの教室に立ち入ろうとしたのであろう──。

 再び教師が戻ってくることを懸念した僕は寝ている恵の体を抱き上げ、場所を移すことにした。

 家庭科室を出た僕は階段をゆっくりと上がった。

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