Turn40.勇者『夜の学校』
放課後に一度家に帰った僕は、夜遅くになって家を出た。
再び学校へとやって来た僕は、裏手にあるフェンスの抜け穴を潜って学校の敷地へと侵入した。
恵に夜の校舎に来るように言われて来たが、彼女の姿はない。
──もしかしたら、先に校舎の中に入っているのではないかと探索することにする。
宿直の教師などはいないが、セキュリティーのセンサーに気を付けつつ校舎の裏側に回る。センサーのだいたいの位置は恵が下調べをしていたようだ。
事細かに伝えられた場所を警戒しつつ進むと、家庭科室の窓が開いているのが目に入った。
おそらく、閉め忘れではないだろう。
──ここから先に、恵が校舎の中に入ったのだ。
そもそも、何でここだけ鍵が開いているのかと言えば、それは放課後にこっそりと恵が鍵を開けていたらしい。
最後に見回られて閉められそうなものだが、棚の陰になっていることもあってちょくちょく閉め忘れはあるようだ。それでもセキュリティーが掛かるので、最後に戸締まりをした教師もそのことには気が付かなかったのだろう。
家庭科室の中に入ると、すぐに恵と目が合った。
「勇者様、来てくださいましたのね……」
恵は立ち上がり、僕に向かって謝意を表すかのように頭を下げた。
「ああ、うん……」
「ふふ、ありがとうございます。こちらにお座りください」
恵が手で指した床にはラグが敷いてあった。
どうやら、恵が家から持参したものであるのだろう。とても家庭科室には似つかわしくない、フワフワな毛のした絨毯である。
僕は恵の指示に素直に従うと、そのフワフワの毛並みをしたラグの上に腰掛けた。
恵は僕の顔をじーっと見詰めたまま静止していた。お陰で、何だか気不味い沈黙がしばらく流れる──。
「……勇者様、準備は宜しいですか?」
はじめに口を開いたのは恵だった。
「あ、うん……」
準備と言われても、結局のところ何をしたら良いのかも分からない。
適当に相槌を打って頷くと、恵は歩き出した。
──そして、部屋のカーテンを次々に閉めていった。月明かりや外灯の光が遮られ、教室の中は真っ暗闇に包まれていく──。
瞳孔が開いていたので、急に光が奪われて何も見えなくなってしまう。
暗闇の中──何かがモゾモゾと動いていたが、確認することもできなかった。
「え……」
やがて、暗闇に目が慣れてきた僕は驚いてしまう。
恵が僕の隣にちょこんと座り、肩に寄り掛かってきたのである。二人の体を包むかのように、上から毛布を被せられた。
──余りにも距離が近い。
恵の体温を近くに感じて、僕の心臓は鼓動を早めてドキマギとした。
「どういうこと!?」
「……私、今晩、決着をつけるつもりです」
狼狽える僕とは違い、恵の声には決意がこもって真っ直ぐだった。
動揺している場合ではない──僕もつい、真面目な顔になる。
「勇者様は私の側で、その行く末を見守っていて下さい」
「僕は……何もしてあげられないよ」
「いいえ」と、恵は首を左右に振るう。
「勇者様のお陰で私は傷を癒やすことができました。勇者様のお力は本物です。でも……何かをして欲しいわけではありません。こと、ここに来て、勇者様にお側で見ていて貰いたいだけです」
恵がちょこんと、僕の袖を掴んできた。
「どうか私のことを見捨てないで下さい……」
その声は震えていた。
ここまで気丈に振る舞っていた恵だが、内心では恐怖に苛まれているのだろう。暗闇で表情は分からないが、もしかしたら泣いていたのかもしれない。
そんな子を──彼女を一人放って、この場から立ち去ることなどできやしない。
「……ここまで来て、今さら帰れもしないしね。最後まで付き合うよ」
「ありがとうございます、勇者様」
恵はゴクリと唾を飲み込んだ。
「……もしも、脱出することができなければ……魔王の手の者に落ちれば、おそらく私の命はないでしょう……」
恵はそう呟くと、僕の肩に体重を預けてきた。
「お願いします勇者様……。最後まで、私の側に居てくださいね……」
恵は目を瞑り、動かなくなった。
寝息を立て始め──どうやら、眠ってしまったようだ。
──余程、疲れていたのだろう。
暗闇の中──僕は恵の呼吸音を側で聞きながら、彼女を起こさないようにと、じっとその場に座り込んだのであった。
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