Turn014.姫『好意の裏側』
町長の屋敷に案内されたお姫様の前には沢山のご馳走が並べられた。
「お疲れでしょう? どうぞ、お寛ぎ下さい」
人の良い笑顔を浮かべながら町長のヤジローが、従者に料理を運ばせた。
「いえ、ありがとう御座います。あの……城の方への伝令はどうなっておりますか?」
「間もなく使いの者を向かわせますよ。この町は安全ですから、ゆっくりとしていかれると良いです」
「そういう訳にも……」
「いいではないですか。さぁ……」
ヤジローはそう言いながら、テーブルに並べられたご馳走を手で差した。
恥ずかしながら、そのタイミングでお姫様のお腹はグゥと鳴ってしまう。
──正直なところ、牢獄生活でお姫様は満足な食事がとれていなかったので、かなり食欲がそそられていたのだ。
「では、お言葉に甘えて……。頂きます」
お姫様は頬を赤らめつつ、ナイフとフォークを手に取った。
城で培った上品な食べ方で、肉やスープを食していく──。
お腹が満たされたことで、少しは疲労も和らいだ気がした。
「……あれ?」
ところが、そんなお姫様の体に突如として異変が起きた。手足が痺れて、満足に動かすことができなくなってしまったのである。
椅子に座っていることも困難になり、お姫様はそのまま食事の皿が並んだテーブルに突っ伏してしまう。
「ヒッヒッヒッ……」
途端に、ヤジローが甲高い不気味な笑い声を上げた。
「警戒心の薄い人間じゃな。痺れ薬が入っているとも思わずに、ずいぶんな食べっぷりじゃったのぅ。ヒッヒッヒッ!」
ヤジローは腹を抱えながら豪快に笑ったものだ。
「……何故、毒など……」
苦痛に顔を歪ませながら、お姫様は尋ねた。
「城から逃げてきたお前さんを、魔王様の元に返すためじゃよ」
「魔王……様? あなたは、人間じゃないのですか……?」
「勿論。人間じゃよ」
お姫様の疑問に、ヤジローは頷いて答える。
「しかし、ワシらは魔王様の味方じゃよ。町の繁栄の為に、強い方につくのは当たり前じゃろう? 迷い込んだ人間の旅人や、お前さんみたいな魔王城から逃げ出して来るような奴らを、ワシらは魔王様に引き渡して褒美を貰っているのさ」
ゲッヘッヘッとヤジローが下劣な笑いを浮かべた。──その姿は最早、お姫様の目には人間というより悪魔のように笑いにも写った。
「その薬の効力は、しばらく続くじゃろう。なぁに、命までは取らんよ。単に痺れて動けなくなるだけじゃ。効果が切れる頃には、魔王城からも使者が来るじゃろう。お前さんは安心して眠るといい」
「そんな……!」
裏切られたショックで、お姫様の瞳は涙で滲んだものである。魔王城から逃げ出し、ようやく自由になれたと思ったのに──無念の思いでお姫様はいっぱいになった。
ヤジローは従者にお姫様をソファーに寝かせると、部屋の明かりを消して外に出た。
「……それじゃあ、次に目覚めたら再び魔王城じゃろう。良い夢をみることじゃな」
部屋を出たヤジローはパタンと扉を閉め、外から鍵を掛けたのだった。
暗闇の部屋の中──お姫様はただただ願った。
「誰か助けて下さい……。魔王の城に再び連れ戻される前に……どうか、私をお救い下さい……」
勿論、その願いに応えてくれる者など誰もいない。
それでもお姫様にできることといえば、ただ祈り続けることだけなのである。
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