天海白眉の初恋 4
翌日から、合宿が始まった。
朝は六時に起床をして、運動場で柔軟体操。
それが終わったら食堂で朝食だ。
パンとサラダ、スクランブルエッグやベーコンなど洋式の食事が多い。
そして少しばかりの休憩時間を過ごした後、本格的に一日が始まる。
まずは座学。
超能力とは何か、どのような種類があるのか、現時点でわかっていることを生徒たちに説明する。とはいえ既知のものより未知の部分の方が多く、教えられる範囲はわずかなものあった。
それよりも重要視されたのは天海筏の教えの方だ。教主である天海五常が、目覚めた超能力者たちを導いて新たな世界を創るという理想や教団の教えを学ぶ。
「……ねえ、ちょっと」
「なんだよ」
「なんで内職してるのさ」
彦一は、堂々と英語の教科書を開いて勉強していた。
もっとも、周囲に暗示をかけているので誰も注意する人間はいない。
僕のように暗示が通用しない人間以外は。
【俺たちの会話は気にしないでくれ】
そして、私語に眉をひそめていた人間は、急に僕らの会話に興味をなくした。
……凄いな、もうこんなに使いこなしているのか。
「いや、この合宿中は普通の勉強できないだろ。一ヶ月くらい勉強遅れるのは流石に受験に影響するじゃないか」
「受験ねぇ……」
普通に高校に行って、普通に大学を目指す。
彼はそういう生活をしてるのかと思うと、妙に苛ついてしまう。
それは、僕だってできるならそうしたい。
「つーかお前こそなんで真面目に受けてるんだよ」
「仕方ないだろ、そういうものなんだから」
「わかったわかった。お前の邪魔はしないから」
「キミねぇ……自分が超能力だって自覚はあるかい」
「なんだ、藪から棒に」
「別に、この教科書を暗記しろとは言わないよ。でもそれなりに実践を踏まえたテキストではあるんだ」
「序文で教祖様は神からお告げがあったとか書かれてるんだが」
「そ、そこはともかく! もうちょっと後のページだよ!」
「どれだよ」
「ほら、ここ。ここのページ」
教科書を開いて、目当てのページを指し示す。
そこには、これまで発見された超能力の種類や制御方法、そして制御失敗したときにどういう事故が起きるかが列挙されていた。
「十年前のビル火災、超能力が原因って本当か?」
「そうだよ」
「十五年前の謎の電車事故、これも? もっと古い事件はないのか?」
「それはわからない。超能力者が現れたのはここ二十年くらいらしいから」
「なるほど……」
僕らが雑談する後ろで、教師役の信者が熱弁を振るっている。
教主である天海五常とその側近の偉大さを賛美していた。
このとき僕は、妙な背徳感を覚えていた。
本来ここで、僕は誰よりも厳かな態度を取らなければならない。ボクは教主の五常の娘であり超能力者として、多くの視線を集める。教えなんて嘘っぱちの方便であることを理解しつつも、心から信じていますという態度を取るしかなかった。
だがこの場において、悟と鹿歩を除けば僕が五常の娘であることを知る学生はいない。その上、羽黒彦一の超能力によって僕らの雑談に気付く者はいない。
「ふふっ」
「ん? どうした?」
「なんでもない」
◆
昼食はできあいの物が多い。
近隣の大きな島にある市場で買ったらしいパンやサンドイッチなどだ。一応、日本から買ってきた保存食などもある。どっちも味が濃すぎるのが難点だ。
そしてお昼の休憩の後は、超能力の訓練となる。
BクラスやCクラスは、大人の超能力者が講師となって訓練を実施する。
【訓練内容を教えて】
「……瞑想と実地訓練のみです……。進捗度合いを把握することが目的で……能力の発言が見られない者は、早々に島から離れさせる予定、です……」
別室で昼休憩を取っている講師を捕まえて、羽黒彦一が催眠をかけた。
内容的には大したものではない。
むしろ下手にカリキュラムに介入せず、放置するのが良いと結論づけた。
「問題なさそうだね。無茶な実験はしなさそうだ」
ふう、と安心して息を吐いた。
こちらの最悪の想定……たとえば薬を飲ませたり、命の危機が訪れるような状況を作って無理矢理にでも超能力を発言させる、ということはなさそうだった。
「じゃあ無理に止める必要はないか?」
「そうだね。半端に超能力に覚醒しちゃった人もいるし、むしろここでトレーニングをした方が良いと思う」
「じゃあ、次は俺たちのトレーニングを担当する人を探さないとな」
「いないよ?」
「え?」
「僕ら以上の超能力者はいないよ。だから全部自主トレ」
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