天海白眉の初恋 3



 羽黒彦一の言葉は、僕らに催眠をかけるという脅した。

 僕らと同等の力を持つ催眠能力の使い手と会うのは流石に始めてた。

 彼が敵対的な行動を取ったら、相当厄介なことになる。


「い、言っておくけど、僕らに催眠や暗示は通用しないよ。催眠が専門ではないけど超能力者としての能力は君と同等かそれ以上だ。圧倒的な力の差がない限り、そう簡単に通用しないと思った方が良い」

「そうなのか? じゃあ、頼む。俺のことは黙っててくれ」

「え?」


 彼はあっさりと頭を下げた。

 さっきまでの不機嫌な態度など何処吹く風だ。


「ケンカはやめよう。三対一なら俺は絶対に負けるしな」

「キミねぇ……それで良いのかい」


 呆れ気味に言葉を返してしまった。

 だが、彼は気を悪くした様子もなく肩をすくめただけだ。


「俺はさっさと帰りたいだけなんだ。ケンカしに来たわけじゃないし、秘密結社を叩き潰そうなんて正義のヒーローを気取るつもりもない。船か飛行機か飛ばしてもらってさっさと日本に帰る。まあ、他の連中も可哀想だから催眠を解くつもりだが」

「どちらも難しい」


 そこに口を挟んだのは、鹿歩だった。


「なんでだ?」

「また飛行機がここに来るのは三週間後。普通の航路じゃないらしいから、催眠で強要したとしても、飛行機側のスケジュールや燃料の問題で来れない」

「マジか」

「それと、全員の洗脳を解いたとしても状況は悪化するだけ。パニックを起こすと思う」

「それは確かに」

「無茶な実験だけ止めるように大人たちを催眠して、飛行機が来るまでの三週間を平穏無事に乗り切ってみんな日常に戻る。それが一番、穏便に済む方法だと思う」

「なるほど」


 羽黒彦一が、鹿歩の言葉に興味深そうに頷く。


「嘘と思うなら好きに調べてみると良い。あなたの能力なら簡単なはず」

「嘘とは思ってないけど一応確認させてくれ。何か抜け道があるかもしれないしな」

「好きにすれば良い。ああ、それとあなたの部屋は一番奥。荷物もそこに置いてある。夜九時には鍵を閉めるからそれまでには戻ってきて」

「わかった」


 彼はサンキューと雑に感謝を告げ、宿泊所から出ていった。

 ばたんと扉が閉まる。

 同時に、僕は鹿歩に質問した。


「鹿歩。どうして?」

「白眉、質問が雑」

「じゃあ一つ一つ聞くけど、彼に協力したいのかい? したくないのかい?」


 鹿歩は嘘をついてはいない。

 だが事実を告げてもいない。

 彼と敵対したいのか、仲良くしたいのか、今ひとつ意図が掴めなかった。


「質問に質問を返して悪いけど、この合宿、まともだと思う?」

「思わないよ! 当たり前だろ!」

「じゃあ、羽黒彦一の言葉は変?」

「変……じゃない。いや、うん、被害者だよ。彼も、一緒に来た人も。みんなの催眠を解いて帰国しようとするのも……人としてまっとうだよ。こうしてる僕よりはさ」

「それがわかってるなら良い。白眉は拗ねてるだけ」

「なんだよそれ」


 鹿歩が微笑む。

 あ、ちょっと大人ぶってていらっとする。

 確かに、拗ねてるさ。


 羽黒彦一のやろうとしているのは、本来は教祖の娘の僕がやるべきことだ。

 想定していた状況と違っていて混乱したというのは、言い訳にはならない。

 少なくとも、拉致されてしまった人たちにとっては。


 ……でも、自分と同じ水準の超能力者にあからさまに敵視されたら、ちょっとくらい凹むじゃないか。


 鹿歩は無言で僕の頭を撫でた。

 ぺしっと弾く。


「子供扱いやめて」

「なら話を進める。まず、私の意見。彼と敵対するみたいな考えはない。ていうかこんな力持ってる同士でケンカしたらどっちもただじゃ済まない。だから彼と仲良くすべき」

「それはわかるよ。だったらなんで、日本に瞬間移動できるってことは隠したの? 彼を素直に手助けしてやれば良いじゃないか」


 鹿歩の能力は、空間を支配するものだ。

 人間であると物だろうと、一瞬で別の場所に送ることができる。


「彼自身、まだここにいるべき。超能力の習熟度合いによってはそのまま開放するのもまずい。先輩超能力者として色々と教えなきゃいけない。もし彼が催眠能力を好き放題使ったらどうなる?」

「それは……確かに」


 むしろそれが天海筏てんかいはつの正しい役目だ。父も、幼少期は自分の持つ念動力によって苦しめられた。忌み子と扱われたこともある。ただ自分と似たような超能力者と出会い、協力し、自分と似たような境遇の人間を救うために立ち上がった。今はその理念は歪められていると見るべきだが。


「彼を導くべきって言うわけかい?」

「そこまで大それた話じゃない。ただ危険な物だってことはちゃんと教えないと」

「それは賛成だけど」

「もっとも……それは彼だけの話じゃないけど」


 鹿歩がぼそりと呟く。

 他のBクラスやCクラスの子のことだろうか。


「悟はどうだい? 鹿歩の話に賛成かい?」

「ええ、もちろん」

「じゃあ……彼とはしばらく仲良くやることにしようか。彼がそうしたいなら、だけど」

「別に疲れてただけで提案には乗ってくると思う」

「だと良いね」


 だが彼はこっちを警戒している。

 警戒心の強い催眠能力者と仲良くする?

 与えられたハードルの高さに、溜め息を付くしかなかった。


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