天海白眉の初恋 2



 適性検査をクリアして超能力が認められた人間は、三十人ほどだった。


 もっとも、ほとんどがCクラスだ。


 Cクラスというのは「微弱な超能力者」だ。日常生活において自分自身が超能力者であるということを自覚することはまずない。念動力者であればガラスのコップを割るのでさえ体力の限界が来る。偶発的に超能力が暴発しても、靴紐が切れたりガラスが割れたりという虫の知らせのようなものだ。これが三十人いた。


 次にBクラス。「日常において実用的な超能力を発揮できる者」が該当する。当然Cクラスよりは強い。だがそれでも、自分の腕力を超えるほどの念動力を行使することはできない。それなりに自分の意志で能力をコントロールできるが、現代のテクノロジーを超えるほどの能力ではない。そういう人間のためのカテゴリーがBだ。ここに該当したのが九人。


 少ないと思うだろうが、意外に多い。天海筏てんかいはつの超能力者は二百人に満たない程度であり、いっきに2割近く増える計算になる。超能力者の家族や、あるいはその他の協力者や信者を加えれば千人を超えるにしても、驚くべき数と言える。


 そして、Aクラス。


 40人近く増えたことよりも重大なのが新たに発見されたAクラスの人間だった。

 Aクラスとは、Bクラスを超える超能力者。

 現代のテクノロジーでは再現不可能な能力を宿す存在が該当する。


「つまり新人の人に対して、五常さんの子供ということは隠しておいて欲しいわけですね?」

「頼むよ悟」

「構いませんけど……いつかバレるんじゃないですか?」


 40数名の人間が、とある島に集められることになった。


 太平洋上、フィジー諸島の近海の小さな島だ。元々は漁師がたまに船を寄せて休憩するくらいの無人島で、ここにアメリカの金持ちが別荘を建てたが、リーマンショックやらなにやらで放棄されたらしい。教団はここを買い取って研究施設や宿泊施設に改築した。


 そこで僕らは共同生活をしながら超能力の開発・訓練に費やすことになった。僕はすでに超能力者として目覚めているので訓練の必要はないが、同じ年齢層の超能力者がいたほうが良いということで訓練に参加する流れとなった。もっとも、それはお題目で僕自身が訓練参加を希望したのだが。


 ともあれ、僕は宿泊施設に着いて荷解きしていた。

 僕と同じように訓練を希望した人と共に。


 一人は剣崎悟。


 彼も生まれながらにしての超能力者だ。子供の頃から友達付き合いがある。予知能力をうっかり使って周囲に恐れられて学校に居場所がなくなったり、何かと苦労している子だ。顔はいかついのに繊細な性格をしている。僕にとって弟のようなものだろう。


 もう一人は閑谷鹿歩。


 彼女には、天海筏てんかいはつの信者であり超能力者の親がいる。その親に連れられて会合などによく来ていた。品が良さそうで可愛い顔の割にぶっきらぼうでちょっとガサツだ。悟といつも一緒にいる子で、落ち込みやすい悟を元気づけたり叱咤したりと仲睦まじい関係だった。そして、彼女も天海筏てんかいはつで超能力の研究をしている内に超能力を発現させた。親や他の信者などよりも遥かに強い力を。


「ま、それで良いと思う。変な誤解されかねないし。仲間はずれは可哀想だけど、気をつけるに越したことはない」


 鹿歩は特に異論はなさそうだ。


「でも、どんな人なんでしょうね? 四人目の子って」

「さあ? 名前と性別くらいはわかるけど他は全然。顔も知らない」


 今回新たに発見されたAクラスの少年について、僕はほとんど知らない。


 僕が知っているのは、高校二年生の男性であること、それだけだ。合宿所への合流は明日の予定だ。今日は他のBランク、Cランクのメンバーと共に、別の施設で超能力の検査をしているはずだった。荷物だけは先に届いており、「羽黒彦一」というネームタグのついたスーツケースだけがここにある。


「白眉でも知らないの? 聞けば答えてくれるでしょ?」

「知らないっていうか、聞いたり調べたりしてないんだよね」

「なんで?」

「その方が面白いじゃないか」


 僕の言葉に、鹿歩がやれやれと肩をすくめる。


「危険人物だったらどうする?」

「どうするって言われてもな……どういう危険があると思う?」

「破滅願望を持ってるとか、人殺しくらい平気だとか」

「精神が危ない人だったら何か注意喚起があるよ。適性検査で要注意扱いされるはずさ」

「じゃあ、超能力が私たちより強すぎるとか」

「だったら尚更会う必要があるだろ。そういう人間を野放しにしないのも僕や教団の役目になるわけだし」


 無自覚に超能力を扱う者は、まあ、九割方あまり良い人生を送っていない。

 暴力が物を言う時代であればともかく、現代で異能を持っていたところで使い勝手が悪すぎる。そうした人がまっとうな人生に戻るために手助けし、協力し合うのが教団の理念だ。最近は人も金も集まって変なことになってはいるが、根本的な理念について僕は共感しているんだ。


「……でも白眉、あんまり心配してなさそう」

「うん」


 実は、期待しているんだ。

 きっとその人とは仲間になれるだろうって。







「お前らばっかじゃねえの?」


 いきなり期待を裏切られた。


 本当に性格の悪い男だと思った。

 パッと見は普通の少年なのに、あまりに口が悪い。

 初対面の人間によくもそんな口がきけるものだ。


「馬鹿ってなにさ!」

「あー、いや、すまん。悪かった。馬鹿にしたいわけじゃないんだ。ただちょっと……俺の常識からは相当離れているものばっかりで」

「結局馬鹿にしてるじゃないか! 具体的に何が常識から離れてるっていうのさ!」

「こんなやべー宗教団体にいるのに『同じクラスだねよろしく!』みたいな転校生を出迎えるノリをしてるところかな。あと服」


 彼……羽黒彦一は、B、Cクラスに混ざってこの島までやってきた。

 見た目は、ごく普通の高校生だ。

 今どき学ランなのだからそこそこ伝統ある学校にいるのだろう。

 ちゃんと制服を着てここに来ていることを考えれば以外に真面目なのかもしれない。

 しかしここでの服務規程を考えれば、彼の方こそ違反している。


「服はキミの方こそダメじゃないか。服は着替えるようにちゃんと指示されたんじゃないのかい」

「あの白い謎ローブに? やだよコスプレかよ」

「コスプレじゃないよ!」


 確かになれない人にとっては恥ずかしいかもしれない。

 真っ白い布地の簡素なフード付きのローブだ。

 普通の信者が着るのはごくシンプルなものだが、僕らのような超能力者が着るものにはフードや襟、袖のところに金色の刺繍が施されていたり、頭や首に飾り物をつける。儀式や集会の際には常に身につけることを義務付けられているのだ。


「うん、そうだな。島に着いた途端に変な飲み物を飲まされて暗示をかけられたり、革ベルトで固定されてあやしげな検査をされてな。みんな大人しく従ってビビったわ」

「え……そうなの?」


 鹿歩と悟の顔を見る。

 二人の顔は、悩ましげな顔をしていた。


「知らないのか? 確認しても意味ないかもしれないが、お前らも催眠されてるのか?」

「僕らには通用しませんよ。超能力は、格上の相手には効きにくいんです。大人の超能力者は全員Bクラスの水準ですから」


 彼の問いに答えたのは悟だった。

 それに鹿歩もうなずいている。


「白眉。多分、この男の言ってることは正しい。……超能力目当ての信者ならやりかねない」

「う……」


 冷静に考えれば、確かにその通りだ。

 彦一という男も腑に落ちた様子だ。


「それじゃお前らも巻き込まれた口か? すまん、ちょっと扱いが実験動物みたいで機嫌悪かったんだ。許してくれ」


 実験動物。

 そのストレートな物言いにカッと来そうになった。


「そ、そういう悪い扱いばっかりじゃないよ! ……何か、行き違いとかあったんじゃ。超能力が覚醒したばかりだと事故が起きるかもしれないし」

「まあ確かに、攻撃的な超能力者がいたらそうかもしれないな。パニックになって事故や火事でも起こされたらえらいことになる。だが百歩譲ってそうだとしてもあの白い服だけは勘弁してくれ」

「……もしかして、みんなイヤイヤ着てるの?」


 父さんは格好良いし大事な服だからって言ってたのに……。

 だが、悟は悩ましい顔をしながら言葉を返した。


「いや、ええと、制服みたいなものだから大事だと思いますよ。ただ何も知らない人からは奇異に見られると思います。たとえばそれで外を出歩くと言われたら……すみません、キツいです」

「実は私も、ちょっとダサいと思ってた」

「そ、そうなんだ……」


 地味にショックだ。

 いや、確かに奇抜だとは僕も思ってたけど。思ってたけど!


「で、でも、学ランだと逆に目立つよ?」

「あー、うん、多分大丈夫だ。大人には俺がその白魔道士ローブ着てるよう暗示を掛けるから」

「キミは……催眠が使えるのかい?」

「学校で適性検査受けたときに軽く使えるようになって、昨日色々と実験を受けてガンガン使えるようになった。こんなサイキック実験に巻き込まれるとは思ってなかったけどな」

「え? 説明されてなかったの?」

「俺が聞いたのは、交流のある学校に留学するって話だった」

「……父さんから聞いている話と違う」


 超能力に目覚めた人間を集める、そこまでは良い。


 だがそこまで強引な手口で集める予定ではなかったはずだ。若い超能力者を集めたのは、無自覚に超能力を使っている人や、目覚めてしまい一人で悩んでいる人を集めてコントロールの仕方を教えたり、今現在の悩みを相談したり……という目的があった。研究や実験は、その目的を逸脱しない範囲に留めるはずだった。


 元々それが、超能力者の庇護が天海筏てんかいはつの組織の理念だ。父も、暴走気味の幹部に手を焼きつつもそれを捨てる気はなかった。嘘をついて拉致まがいに連れてきたり、さらには超能力を強制的に目覚めさせるような真似は、父さんなら反対しているはずだ。教祖だなんだとおだてられて多分調子に乗ったり金を荒稼ぎしたり、権力をほしいままにしているところは、残念ながらある。だが、その一線だけは守る人のはずだ。


 父さんの考えと、幹部や信者の考えが、想像した以上にズレているのかもしれない。


「逆に聞いて良いか? 超能力の実験やるから集まってくれって内容で人を集められると思うか? そんなアホな理由で集まるアホに何か期待できるのか?」

「あ、集められるんじゃないかな。本物の超能力者もいるし」


 苦し紛れの反論をひねり出す。

 だが彼は、それを無視して話を続けた。


「俺と一緒に連れてこられた全員、このおかしな状況を素直に受け入れるように暗示をかけられてる。俺は途中から周囲全員に暗示をかけて逃げてきた。だからみんな俺が逃げたことにも気付いてない。だから……お前たちも俺のこと、忘れてくれるか?」


 その言葉に、僕ら三人に緊張が走った。



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