天海白眉の初恋 1


 天海筏は、実は滅んでなどいない。


 そもそも天海筏とは、僕の超能力があってこそ存在していた。

 父の天海五常てんかいごじょうが、僕を利用して天海筏てんかいはつを立ち上げた。父とその側近は念動力などの使い手だったが、僕ほどの力を持たなかった。


 それでも間違いなく僕の父親であり、大人であった。僕の超能力をどうすれば良いか、方向性を指し示し、導くことができたのは、父だけだった。


 たとえそれが、僕の人生をただ利用するものであったとしても。


 母は、超能力者の父が理解できず、僕を引き取って離婚した。だが僕が超能力に目覚めてからは僕からも逃げた。だから僕には父しかいなかった。言われるがまま、超能力を使い父を助けた。集めた人間にデモンストレーションを行った。スプーンを曲げたり、自動車を紙くずのように丸めたり、自分の体を宙に浮かせたり。


 ときには見えない場所に隠れて、あたかも父が超能力を発揮させるように裏方に徹したこともあった。


 子供の頃は、利用されていることなんて気にしたこともなかった。薄々わかってはいたものの、それで良いと納得していた。他の生き方など知らないし、父に全てを任せておけば良いと言われていた。誰の庇護もなければ国や研究所に攫われて解剖されてしまうぞと、だから父さんと言うことを聞けば守ってあげるからと、子供の頃から言われていた。


 高校にはほとんど通っていなかった。中学校の途中までは毎日きちんと通っていたが、教団での仕事が多忙になってからはほとんど自宅学習のような状態だ。教団の息が掛かった高校に進学し、授業免除のような状態を一年ほど続けていた。


 幸いにも教団の中に教師や塾講師をしている者がいて、その人に勉強を見てもらっていた。おかげで学業からこぼれ落ちるということはなかったし、今から大学受験を目指しても国公立は合格圏内だと思う。ただ、高校生らしい生活はできる見込みもなかった。


 だから、僕は高校二年になった春、父にこう願った。


 普通に高校を通うのは諦めるけれど、同い年の子に囲まれた環境にいたいと。


 同時にその頃、父も懸念を抱いていた。教団が膨れ上がる一方で、超能力者の育成や能力開発に限界を感じていたのだ。僕が最強の念動力の使い手であることは望ましいことだ。だが、あまりにも他と隔絶し過ぎている。


 父が使えるのはせいぜいスプーンを曲げたり手の平サイズの物を動かす程度。発火能力者もいるが指先から小さな火を放つだけで、ライターを使う方が遥かに手っ取り早い。


 催眠能力を使えても、千円札を五千円札と誤認させたり印鑑やサインを誤魔化したりという小細工ができる程度で、それも意志の強い人間には通じないので使い勝手が悪い。シチュエーションによっては恐ろしい効果を発揮するだろうが、信者たちが求めるような、多くの人間を魅了する力強さはない。


 教団は、強い超能力者を欲している。それはすでに父の想定とはかけ離れていた。本物の超能力者がいるという事実に、多くの信者が凄まじい情熱を胸に抱いた。大学の高名な研究者までもが信者となった。


 もはや父の持つ念動力を見る程度では満足できなくなっていた。「自分も超能力者になれないか」、「能力はどこから来るのか」、「そして超能力者たちは何をすべきなのか」。苦し紛れの曖昧な命題を生み出して現状維持するのも、限界に近かった。明確な結果を出さなければ信者の心は離れる。ただ離れるだけではない。父の安全すら怪しい状況になりかねない。


 そこで父は、教育、学術関係の官僚を抱き込んで一大プロジェクトを推進した。様々な学校に知能テストと称した超能力の適性検査を行い、能力者と認められる人間を集めた。


 こうして僕は、初恋と出会った。



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