新生・弥勒門華 6
何の躊躇もなく華は俺を連れて電車に小一時間揺られ、東京へと向かった。普段の華であれば銀座あたりで買い物するであろうが、目もくれずに山手線へと乗り換えて秋葉原電気街口に降りる。
そして華は呪文のような言葉を呟いて秋葉原の電気店店員とツーカーで会話し、様々なものを買い込んだ。秋葉原なんて来たことないだろうに、まるで勝手知ったる我が家のごとしだ。
パソコン本体を大きめの電気店で値切りつつ買ったと思えば、細い路地を抜けて専門部品を扱う店で買い物したり、ついでに何やらサイケデリックなオーディオ機器やコスプレ衣装にも似た奇抜なパーカーやシャツを買っている。華さんそんな趣味でしたっけ?
で、荷物が凄いことになった。てっきり配達を頼むのかと思いきや、「買ったものはその日のうちに家でいじりたい」と言い出した。待ってくれ俺は瞬間移動の能力とかは持ってないんだと抗議しようと思ったが、華は躊躇なくタクシーを呼び止めた。
「ええと……荷物は何とか載るにしても、一時間以上かかりますよ? 大丈夫ですか?」
「金ならあるわ。良いから出して頂戴」
華がアメリカンエクスプレスの一番グレードの高いクレジットカードを見せびらかすと、運転手は抗議を辞めて車を発進させた。これは年会費数十万、所有者の平均年収一億円以上というアホみたいだが現実に存在する魔法のカードだ。未成年は契約できないので親に貸し与えられてるカードなのだろうが、セレブの一員の証明には違いない。金と暴力はいつだって強い。
華のマンションに到着した後はドライバーに追加の駄賃を払い、マンションの部屋までの荷物運びを手伝わせた。ドライバーは華の威厳にすっかりやられて、もはや使用人と変わらぬ態度で接していた。
で、太陽が完全に沈んだ頃にようやく荷物運びが完了した。
余っていたはずの華のマンションの洋室がパソコン関連の品で一杯だ。
一体どうなってるんだこれ。
「アルミラックって見た目が安っぽくて好きじゃないんだけど、電気製品を置くのには悪くないわね。サマになるわ」
「満足したようで何よりだ」
ちなみに機材が多すぎて置き場所がないと気付き、近くのホムセンでアルミラックを調達した。これに関しては俺が頑張って組み立てた。
「設置はどうする?」
「ラック組み立てだけで良いわよ。パソコンとかサーバーは設定がいるし自分でやるから」
「大丈夫か? ていうかサーバーなんているのか?」
「いらないけど欲しかった」
「……じゃあしょうがないな」
よし、深く突っ込むのはやめよう。
華のやることを俺程度の人間が予測しようったって無駄だ。
◆
そしてまた次の日。
俺は華のマンションの玄関でまたまた驚くことになる。
「……華、だよな?」
「うん? 当たり前じゃない」
「いや、その……見た目が変わったなぁって」
制服はいつもと同じだ。
だがその他諸々がいつもと違っていた。
制服の上にピンク色のパーカーを羽織り、大きなヘッドホンを首にかけ、どこで買ったかよくわからないサイケデリックな色の靴下を履いている。昨日秋葉原で買い込んだものだろう。また、その他にも色々とツッコミどころがあった。
「その眼鏡、どうした? いきなり目が悪くなったとか?」
「違うわよ。眼鏡じゃなくてブルーライトカットのサングラス」
「……まあ、パソコン使ってるもんな」
「はー、学校行くのちょっとだるいわ。たまにはサボらない?」
華は外へ出るのも学校へ行くのも大好きだ。
この発言もちょっと衝撃だ。
「うーん……出欠日数考えると出ておいた方が良いと思うぞ」
「仕方ないわね」
華がのそのそと玄関を出る。
もったりもったりした足取りで学校へと向かった。
◆
教室の戸をくぐれば、また驚きの声が漏れた。
「弥勒門が完全にパソコンオタクになった」という衝撃は学校中を駆け巡った。どんな授業中でも、専門書とノートパソコンを開いて他人にはわからない作業をしている。先生も苦言を呈そうとするが、華はマルチタスクも得意だ。華の脳内にはアラブの油田よりもたくさんの注意資源が眠っている。子供の頃は将棋クラブで相当良い成績を取っていたこともあった。
「あー、弥勒門。授業、聞いてたか……?」
「あ、はい。前漢と後漢の間にある王朝ですよね? 王莽が建国した新です」
「そ、そうだ。いや、聞いてるなら良いんだ、聞いてるなら……」
華はどんな意地の悪い質問をされても平然と答えを返した。こんな調子であるため、普段より威厳のないオタクっぽい服装や雰囲気をしていても華を止められるものはいなかった。華はそんな周囲のことなど気にせず、スキルを高めた。最初は素人向けの解説書だったものが、実際に現場で働く技術者向けの専門書となり、それらを読み尽くしたあとは洋書や情報処理学会の論文にまで手を出した。
こうして一週間がすぎる頃には、華はいっぱしのハッカーになっていた。
◆
「はいこれ。全部解読したわ」
土曜日に華のアパートに様子を見に行くと、既に華は仕事を終えていた。
目当ての物をA4用紙に印刷し、丁寧にクリップで閉じてある。
だがそれ以上に、俺は服装に驚いていた。
「その服どこで買ったんだ?」
どきつい蛍光色で裾の長いシャツを、ワンピースのように着こなしている。
しかも萌え袖だ。
狙っているのか。
360度どこから見てもお嬢様には見えない。
「通販よ。文句でもあるわけ?」
「あ、いや、そういう姿も新鮮だったから」
「べ、別に良いじゃない。何か落ち着くのよ」
「いやそういうのも可愛いと思うぞ。それと解読ありがとうな、助かった」
萌え袖でぱふんと叩かれた。
優しいタッチでむしろ心地よい。
「べ、別に、ファイルの解読自体は大したことないわ。ていうか機密でも何でもなかったと思うわよ」
「そうなのか?」
「ちょっと珍しい形式で圧縮されて、パスワード解読すればそれで終わりだったし。中身もただのワープロソフトの文書形式のファイルが入ってただけ。印刷したそれで終わりよ」
「そうか……読んでみたか?」
「まあ、一応確認しなきゃいけないしね」
華がにやっと笑う。
「何か面白いことが書いてあったのか?」
「五人目について」
「五人目?」
「念動力。精神干渉。空間干渉。予知。それがあなたたちの能力ね?」
「そうだ。それも書いてあったのか」
華がこくりと頷く。
「そうよ。そして五人目にして最後の超能力者の存在が示唆されてるの」
「どんな能力だ?」
「……うーん、ちょっとわからないわね」
「わからない? 書いてないのか?」
「表現が曖昧なのよ。『あらゆる超能力を統合するであろう』とか、『新たな世界へと導く可能性がある』とか、そういう漠然としたことは書いてあるんだけど……」
「なんか壮大だな」
「何が出来るのかも、存在してるかどうかも確実じゃない感じよ。断定的な表現はどこにも書かれてない。出来の悪いオカルトまとめサイトみたいな感じ」
口を抑えてにやっと笑う。
うーん、仕草もオタクっぽい。
まあこれはこれで可愛いんだが。
「ま、カルト教団の文書だからそんなものかもな」
「ただ、その超能力者を使って何をしたいかは書かれてたのよ」
「世界征服か?」
あいつら本気で各国政府を倒すみたいなこと言ってたからなぁ。
本当に困ったもんだ。
「違うわ」
「あれ?」
「世界征服した後の話ね。超能力者だけの世界を作りたかったみたいよ」
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