新生・弥勒門華 4
「……よくわかったな」
「だって私利私欲のためってのが曖昧な言葉すぎるじゃない」
「まあそうなんだがな。例えば自分の命の危機になったときに使えないとマズいし……また超能力を悪用する変なやつが現れないとも限らないし」
「ヒーローの理屈ね」
「そ、そうか?」
「ま、そういうことなら本腰で私も手伝うわ」
「助かる」
「だから、やって。そもそも私利私欲のためじゃないじゃない」
華が、目をつぶって自分の額を差し出してきた。
そんなキス顔されたら別の欲求が湧き上がるからやめて欲しい。
「……わかった。ただ、最小限にするぞ。ほんのちょっと内向的な性格を強めるだけだ」
「それで良いわ」
【深呼吸して、リラックスして】
俺の暗示の言葉に華が従った。
息を吸い、吐く。
「あ」
俺は、華の額に手を伸ばした。
慎重に、慎重に、指を沈めていく。
「んっ……」
「大丈夫だ、すぐに済む」
「あ、ああっ……」
今、俺は、華の精神を直接撫でている。
ガラス細工を触るよりも優しく、静かに。
だがどんなに優しく触ろうが、今この瞬間、俺が華を完全に支配していることには変わりない。この状態になってしまえば、誰も俺に抗うことはできない。
「……良いのよ、好きにして」
華の心が伝わってきた。
心によって伝わるメッセージは嘘偽りのない本音だ。
こいつ。
本物の変態だ。
今この瞬間、俺に精神を破壊されるかもしれないというスリルを楽しんでいる。自分の存在の確かさが揺らぐという状況を、まるでジェットコースターに乗っているかのような気分で受け入れている。
もっとハッキリ言えば、こいつは今、エクスタシーを感じてる。
普通の人間はそんなことできない。自分が変質してしまうことは恐怖だ。変質に直面したとき、人は「自分は変わらずに自分であり続ける」という実感に全力でしがみつく。まあその実感というのも、催眠術を使える俺にとっては海に漂流する小船やイカダのように頼りなくはかないものなのだが。
だが華は違う。華は恐ろしく強い。過酷な家庭環境の中で育ちながらも、倦まず弛まず自分を鍛え上げる魂の強さがある。強さこそが華を華たらしめ、そして苦しませている。
強さは、華が立ち止まることを許さなかった。あらゆるものを攻撃して前に進めと、強さという化け物は華の心のアクセルを遠慮なくベタ踏みし続けた。俺が介在しなければエンジンが焼き切れるまで走り続けただろう。
そんな自分の根本が脅かされるという状況は、ある種の救いなのだ。
華が最強であるということは、言い換えれば孤独であるということだ。華に並び立てる人間などそうはいない。いるとしても兄の響一さんくらいなもので、彼も他界してしまった。俺が華の精神を撫でるという行為は、華が孤独ではないという証明だ。
そう、能力や方向性も違うが、俺も怪物となっている。
むしろ客観的に考えたら華よりもヤバいのが俺や俺の仲間だ。
「ちょっと……私が変態なら彦一も変態でしょ」
「う、すまん。聞こえたか」
しまった、今は心と心が触れ合っている状態だ。
俺の思っていることが華に直接流れ込んでしまった。
「もうちょっと撫でて」
「ああ」
「そう……うん、心地よいわ……」
とろんとした恍惚の目。
しばらく俺はこのまま、華を撫で続けた。
◆
当たり前だがその日はちゃんと家に帰った。
あの後は華がリラックスしすぎて寝てしまったので、ベッドに運んで俺は帰宅した。
小一時間後に抗議のメッセージが届いたが、「今日はもう寝ようぜ」とだけメッセージを送って終了した。
そして翌日、俺は華のマンションに迎えに行った。
華が俺の家に来ようとしたがどうもしっくり来ない。
俺が迎えに行くという生活スタイルの方が慣れている。
「おはよう」
「お、おはよう……。もしかして、怒ってるか?」
「ん? そんなことないけど」
雰囲気がいつもと違う。
髪がぺたんこだ。
少し短めにしているスカートもいつもより長い。
スマホからイヤホンを伸ばして音楽をシャカシャカ鳴らしている。
服装に対して少し無頓着になり、振る舞いもどこか物静かになっている。
「……華、お前やっぱり、催眠の効果が普通の人より強く現れてるな」
「流石に自分ではわかんないけど、彦一がそう言うならそうなんじゃない?」
「体質の問題か……? まあ良いか、学校行こうぜ」
「ん」
華がこくりと頷く。
このときはまだ普通だった。
だが俺は、華が華であるということを思い知ることになる。
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