新生・弥勒門華 3




 俺は華に、USBメモリをポケットから取り出して見せた。


「なにこれ」

「わからん」

「なにそれ」


 バカみたいな受け答えをしてしまった。


「この中に文書やらファイルやらがあるらしいんだが、暗号化されてて読めないらしいんだ」

「それをどうにかして欲しいってわけ?」

「ああ。誰にもバレないように」

「……それ、彦一の超能力と関係あること?」

「まあざっくり言うと、俺を拉致った怪しい裏組織の残した重要文書らしいから確認しておきたいんだ」


 うげえ、という声が聞こえそうなほどの渋面が華の顔に浮かぶ。


「本物の厄ネタじゃない」

「そうなんだよ」

「だったらその道のプロなりなんなり洗脳すれば良いでしょ」

「その道のプロなんて近くにいないって」

「……それもそうね。それで私に頼ろうとしたと」


 華が神妙な顔をしてUSBメモリをしげしげと眺めた。


「こういうの詳しい人とか知らないか?」

「うーん、ママに頼めば詳しい人の手にメモリを渡すことはできるだろうけど……それじゃマズいわよね。ていうか私もママに頼りたくないし」

「マズいってわけじゃないが。情報漏洩がないように一時的にちょっと催眠することにはなるが」

「だったら私がやるわ。あ、でもなぁ……」


 華は妙に難しい顔をしたままだ。


「何か問題あるのか?」

「掲示板とかSNSとかで質問すると何故か炎上したりするのよ」

「そ、そうか」


 技術じゃなくてコミュニケーションの問題か。


「真面目に取り組めばそこそこ詳しくなれるとは思うんだけど、飽きるのよね。でも彦一のお願いとなると聞いてあげたいし……」

「いや、無理しなくて良いって」

「やるって言ったらやるの。それにちょっと面白そうだし」


 問答は終わりだとばかりに、華はぴしゃりと言った。

 しまった、こうなったら華は言うことを聞くタイプではない。


「あ、そうだ。もう一度、私を洗脳できる?」


 華がぽんと自分の手を叩いた。


「なんだって?」

「インドアな生活スタイルが好きになるようにしてもらえれば、飽きずに黙々と取り組めると思うのよね。だからあれやってよ。指を脳みそに入れて混ぜ混ぜするやつ」

「ええ……」


 マジかこいつ。

 もう一度洗脳を受けたいっていうのか?

 しかも、その理由が俺の願いを叶えるためだ。

 なんてことを考える奴なんだ。


「ちょっと! 何よその顔!」

「流石に戦慄した」

「戦慄するって、それ彦一が言って良いセリフ? あんな乱暴に他人の脳みそをこねこねしておいて」

「いやそれは違う、誤解がある」

「誤解って何よ」


 華がじっとりとした目を俺に向ける。

 だが本当に誤解なのだ。


「実際に物理的に脳みそをいじってるわけじゃない。お前の頭を境界線にして精神に直接触れているんだ」

「……どういうこと?」

「なんていうかな、俺の指がお前の額を貫通してるわけじゃないんだ。そこから先はどこか別の世界にワープしてると思ってくれ。そこにお前の精神がある。俺はそこにアクセスすることであれこれいじることができる……ってわけだ」

「……ここに、私の精神はないの?」


 華が自分のこめかみ、というより、脳を指さした。


「わからん。脳をいじってないと見せかけて実はいじってる可能性もある。俺が精神だと思っているのは本当は脳なのかもしれない。細かい原理はともかくとして、俺はそこにある人の精神を、誰よりも強く、そして繊細に触れることができる」

「強く、繊細に」


 華は俺の言葉を繰り返した。

 それはどこか色気を帯びていた。


「じゃあ、やってみてよ。それとも自信ないの? 私のこと、壊しちゃいそう?」

「いやそういうことはないが……」

「なら良いじゃない」

「いやダメなんだ。あんまり自分勝手には使えない」

「……それが気になってたのよね。なんで?」

「いやいや、ちょっとしたワガママで他人を洗脳できたら地獄絵図だぞ」

「うん、そうね。でもだからこそ、使ってみたいって欲求は湧き上がってくるものじゃないの? ああ、別に好き放題使っちゃえって言ってるわけじゃないわよ。うっかりそういう気持ちになったときはどうしてるの? ってことを聞きたいわけ」

「ああ、そういうことか」


 華の言葉は、真理だ。


 たとえば仮に、偶然にも拳銃を拾ったとしよう。「こんな危ないものはさっさと警察に届けたい」と思う一方で、「一発くらい試しに撃っちゃおっかな」みたいな悪魔のささやきは聞こえると思う。拳銃のような違法性のあるものならともかく、俺が持っているのは超能力だ。持っていることの違法性はないし、何より拳銃のように捨てることができない。


「欲求は湧き上がる。だから自分に暗示を掛けた。『私利私欲のためには使わない』ってな」

「……なるほど、自分にも掛けられるわけね」


 華が、口に手を当てて考え込む。


「だから諦めてくれ」

「でもちょっとおかしくない? 私の親戚全員を催眠するって、いくら私利私欲じゃないとはいえ規模が大きすぎるわ」

「む」

「私利私欲のためには使わない……っていうより、『これは私利私欲のためではない使い道だ』って自分を説得すれば、けっこう自由に使えるんじゃない?」


 いきなり看破された。



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