新生・弥勒門華 2
華は言葉通り、休み時間や昼休みごとに一人一人捕まえて謝罪をした。
驚いたのは、誰に何をしたのかけっこう覚えていることだった。華は「つまらない人間の顔と名前など覚えない」と公言する人間だったにもかかわらず、だ。
「なんか拍子抜けね」
一緒に帰宅しているときに、華が呟いた。
「どのあたりが?」
「殴ってくる人、何人か出るかと思った。金属バットくらい出てくるかと覚悟してたのに」
「いや……油断しない方が良いんじゃないか? 今はまだ混乱してるだけだ。万が一に気をつけてくれ」
「そのときはそのときよ」
「お前、変わったようで変わらないな」
華は、礼節と余裕を覚えた。
だが根本的な部分……負けず嫌いで奔放な性格は、恐らく変わっていない。というか俺は変えていない。
もっとも大きな変化をもたらしたものは、家庭問題の解決、そして母との決別だと思う。もし華が最初から普通の家庭に生まれたならば、今よりももっと穏やかな性格になっていたのだろう。
「あら、変わったわよ」
一歩か二歩先を歩いていた華が、俺の横に並んだ。
そして指を絡めてきた。
指の温かくも艶やかな感触にどきりとする。
「お、おい」
「前は、こんなことやりたくてもできなかったわ」
「え」
その意図に、俺はぐらりと来た。
「それは……許せるならやったってことか?」
「どうかしらね?」
華がにやりと笑った。
……なんで俺がもてあそばれてるんだろう。
「ところで彦一、ウチ来るでしょ。何か話があるんじゃないの?」
「……確かにあるんだが、いや、そういう誘われ方されると困るんだが」
「じゃあ、下手に出る? そっちの方が嬉しいならそれでも良いわよ。いっそメイド服とか着てあなたの家に行こうかしら?」
「……降参だ」
これは冗談めいているがおそらく本気だ。
俺にかしずくという行為を楽しんでいる。
元々、近付いてくる人間に対しては意外と気前が良い奴ではあるのだが、流石にちょっと過剰でこっちがどきどきしてしまう。
「これからお前の家に行く」
「うん」
「……もう、我慢できそうにない」
俺は、華の手を強めに握りしめた。
華は頬を赤らめ、口をつぐむ。
そのまま俺たちは華のマンションへと向かった。
途中、ドラッグストアに寄り道した。
◆
ドラッグストアで買ったモップでフローリングを拭いていく。
綺麗なフローリングがますます綺麗になる。
チリ一つない。ヨシ。
「彦一、なんで掃除してんの……?」
ソファーに座る華が、呆れ気味に頬杖をついている。
「しかたないだろ! 俺は……お前の世話をしていない状態があまりに続くとおかしくなりそうなんだ」
「いや……うん、やってくれることはありがたいんだけどさ」
「にしても良い部屋だな」
「小さいけど悪くないでしょ」
「どこが小さいんだ。リビングダイニングだけで二十畳近くあるだろ」
華の住まいは駅近の3LDK。
しかも最上階の角部屋でベランダが広々と使える。
こんなところで女子高生が一人暮らしってありえないだろう。
「そう? ウチに比べたらこじんまりしてるけど」
「そりゃリビングダイニングどころか厨房と食堂があるお屋敷に比べたらなぁ……」
よし、拭き掃除は終わった。
「別にやってくれる人がいるのに」
「え、ハウスクリーニングとかの業者か?」
「ううん、屋敷のお手伝いさんに言えばやってくれるの」
「それを言ってくれ」
「だって言う前にドラッグストアで掃除用品買い始めたじゃない。そっちこそ説明しなさいよ」
「う、すまん……」
しまった、これは俺が悪い。
華も何故か露骨に不機嫌で、さっきから消しゴムをちぎって俺の頭に投げつけたり、輪ゴムを指で弾いて俺の額に的確に命中させてくる。あまりにもコントロールが良すぎてけっこう痛い。
「じゃあ……飯はどうしてるんだ? 出来合いのものばかりじゃ体に悪いぞ」
「平日は屋敷のお手伝いさんが持ってきてくれるわ。頻度減らそうかと思ってるけど」
「平日ってことは、土日とか祝日は来ないんだな」
「平日も断ろうかと思ったんだけど家族がうるさいのよ」
うーん、と華が腕を上に伸ばし、肩と首を回す。
とてもリラックスした姿だ。このマンションに暮らし始めたばかりだと言うのに、まさに実家のような姿を見せていた。
「じゃあ休みの日に一緒にどこか食べるとか、自炊するとか、そういうのしてみようぜ」
「……うん! あ、じゃあ調理道具買わなきゃいけないわね。堺の包丁とか?」
「いや普通にスーパーとか百貨店で揃えられるので良いって」
「ああ、近くで一緒に買うのも良いわね。なら許してあげる」
……なんか俺、悪いことしたっけ?
だがここを突っ込んでもやぶへびな気がする。
止めとこう。
「ところで華、ちょっと相談があるんだよ」
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