新生・弥勒門華 1
何の変哲もない、電気店や文房具店で売ってそうなメモリだ。
だが中身は決して穏当なものではないだろう。
「その中に何が入ってるんだ?」
だが白眉は苦笑まじりに肩をすくめた。
「どれも暗号化されててよくわからない。職員のパソコンのファイルをありったけここに移してきたんだけど、読む前の時点でお手上げさ」
「……このあたり、俺たちがただの学生であることがネックだな。誰か実はスーパーハッカーだったりしないのか」
「それなら困ってないってば」
はぁ、と白眉が溜め息を付く。
「彦一。誰か専門の人を一時的に催眠して手伝ってもらうとかはできないかな?」
「そもそも、どういう専門の人を頼れば良いのかがわからん。パソコンに詳しいったって千差万別だしなぁ。こういうのはオープンにしていろんな人の力を借りるのが常套手段だとは思うが……」
俺の言葉に、白眉は首を横に振った。
「もしかしたら記憶を消し損ねた残党がいるかもしれない。ありえないとは思うが、そういうときは『いる』と仮定して慎重にやるべきだよ」
「お前も慎重だな。でも俺に渡されても困るぞ」
「どこか有名なセキュリティ企業のビルにでも行って全員催眠してきたら?」
「それも手ではあるが……。パソコンや書類に残るものは厄介なんだよな」
俺がごまかせるのは人間の記憶や精神だ。
物理的なものや記録に残るものをごまかすのはできない。文書だとか、監視カメラの映像であるとか、勤怠記録やパソコンの履歴やデータベースであるとか。
まあ監視カメラならばまだ「それをチェックする人」に暗示をかければなんとかなるが、パソコンの中に残るものまでは流石に誰がチェックしてるかなど追いきれない。天才エンジニアを捕まえて長時間拘束したとしたら、バレはしないまでも「何か変なことが起きたらしい」くらいのことは疑われるだろう。
となれば、頼るべきは催眠を仕掛けた不特定多数ではなく、信用できる特定個人だ。
「どうしようか?」
「……確実じゃないが、頼れそうな人間を思いついた」
◆
白眉は俺にUSBメモリを渡した後、すぐに姿を消した。
もう一人の仲間に瞬間移動をお願いしたのだ。
久しぶりに会ったというのに情緒のないやつめ。
だが、元気そうで良かったと安心した。
で、次の日の朝。
華が家庭の事情の休みを終え、学校に復帰してきた。
俺は朝、華のマンションに迎えに行った。その道中でクラスメイトに連絡はしておいたが、それでも教室は奇妙な緊張感に包まれていた。
「お、おう、弥勒門はもう学校に来て大丈夫なのか」
担任の先生がそんな言葉をかけた。あの、先生、「もうちょっと休んでても良いんだよ?」というオーラを醸し出してるのバレバレですよ。
「心配ありがとうございます、大丈夫です」
その瞬間、周囲がどよめいた。
きっぱりと「ありがとう」と言うなんて、クラスメイトたちにとっては驚天動地の出来事だろう。
「そ、そうか。じゃあみんな、一限目の用意を……」
「その前に、みなさんに伝えたいことがあります。一言二言なのですぐ済みます」
「はい、どうぞ」
先生が迅速かつ丁重に引き下がった。
先生、それ生徒への態度じゃないですよ。
華はそれを当然のものと受け止め、教壇に立って全員の顔を見渡した。
誰かが緊張のあまり、生唾を飲んだ。
「……今まで、ごめんなさい」
華はそう言って、深く頭を下げた。
そして数秒頭を下げたまま静止し、厳かに頭を上げる。
「私の癇癪に、くだらないわがままに、たくさんみんなを振り回してきました。こんなお詫び一つで許されるとは思ってはいません。迷惑掛けてしまった人、一人一人に後でちゃんと謝ろうと思っています」
その声は、張り詰めた教室の中によく響いた。
クラスメイトたちも、華のこんな姿を見るのは初めてだろう。
少しばかり大人びてはいるが、等身大の女子高生の姿だ。
全員が困惑して、華の言葉と態度を受け止めきれずにいた。
「先生」
「あっ、はい」
「お時間を取らせてすみません。どうぞ」
「おっ、おう。じゃ、今日もみんな、ちゃんと授業受けるんだぞ」
先生は逃げるように職員室へと戻った。
華も、何事もなかったかのように自分の席に着く。
「な、なあ、彦一」
「なんだ」
「お前がやったのか」
俺の背中をつついて質問してきたのは、クラスメイトの田中だった。
ああ、そういえばこいつも華の暴れん坊ぶりを幼少期から見てきたな。
さぞかし脳が混乱していることだろう。
「そんな殺人犯を問い詰めるようなこと言われても困る」
「冗談言ってる場合じゃないだろ!」
「真面目に言うと、デリケートなことだからあまり言えないし上手く説明できない。最近ニュースで色々とアイツの家が騒がれてるだろ。なんとなく説明できないけどなんかあった、くらいにしておいてくれ」
「……そ、そうか。わかった、詳しくは聞かない。ただ一つだけ確認させてくれ」
「なんだ?」
「今の華が、元に戻らずあのままだと思うか?」
あー、確かに怖いよな。
事情を知らなければ、火山が完全な休火山となったのか、それとも一時的に噴火が止まってまたすぐ大いなる怒りを爆発させるのか、区別が付かないだろう。
「俺からは断言できないが、華は今の自分自身を気に入ってると思う」
「……そうか」
「まあいずれ慣れる。俺もちょっと慣れてきた」
「お前でさえちょっとじゃないか……ま、いいや。爆発の回数が減るならそれで俺は構わないよ」
田中は今ひとつ信用しきれない様子だったが、俺の言葉には一定の満足を得たようだった。大人しく自分の席へと戻っていく。
こうして、新生・弥勒門華の学校生活が始まった。
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