超能力者 蝗塚白眉 3




 俺の話を聞いた白眉は、驚愕に目を見開いていた。

 そして、こう呟いた。


「きみはばかじゃないの?」

「ばかとはなんだ、ばかとは」


 あまりにも率直な言葉に、流石の俺も反論した。失礼なやつめ。


「……つまり、ええと、幼馴染みを助けるために、名だたる企業グループの代表や重役全員を洗脳したわけだよね?」

「そういうことになるな」

「……私利私欲ではないと言えばそうかもしれないけど。ていうか私利私欲と思わずにそれをやっちゃえるのが恐ろしくもあるけど……。そうだね、キミはそういう奴だね」

「なんだよ、人を危険人物みたいに」

「危険人物じゃなかったらなんだって言うんだい」

「いや真顔で言われると否定できないけどさ」


 白眉は、頭痛を感じてるかのように自分の額を抑えた。


「しかし、ずいぶんと愛が重い……」

「そうなんだよ、華がこんな風になるなんて」

「違う違う。彦一が、その華さんという人に対して、重いんだよ」

「えっ?」

「え? 気付いてなかったの?」


 いや、そう言われてもな。

 子供の頃からあいつを助けるのがごく当然だったし。


「……その子のためなら世界征服くらいやれるんじゃない?」

「安心しろ。そんな風になる前に止めるから」

「今の発言、訂正。その子のためなら死ねるんじゃない?」

「それは……どうだろうな? 自分がわからない」

「真面目に検討できる時点で怖いよ。仲の良い幼馴染がいるってのは知ってたし多分好きなんだろうなとは思ってたけど、そこまで深入りするほどなの?」


 白眉ははぁと嘆息しながら冷たい視線を俺に送る。

 こいつ、華とは違う方向性の美しさがある。

 深い森の奥で魔女でもやっていそうな、そんな謎めいた美だ。

 そんな奴からこういう目で見てこられるとドキドキするので止めて欲しい。


「好きとか嫌いとか、考えたことがなかったな」

「じゃあなんでそんなに甲斐甲斐しく世話をしてる?」

「なんでって……」


 華は敵意と恐怖を振りまく、まさしく災厄の女神だ。


 頭脳明晰で難問を涼しい顔で紐解き、野を駆ければ陸上に青春を捧げる部員たちを颯爽と追い抜いていく。あらゆる人間の才能と努力をあざ笑い、トップを奪い去っていく。


 俺は、華を普通の人間とは見なしていなかった気がする。


 いや、フタを開けてみれば華も他人が見えないところで恐ろしいほどの勉学や鍛錬を積み重ねていたし、その動機も「母に認めてもらう」という生身の人間として当たり前のものだった。


 だが、それで華の神性が薄れたとは思ってはいない。自分の生身の部分を完全に覆い隠して周囲に畏怖を与えてきたことは事実だ。これは、神の振る舞いだ。


 今現在はなぜか俺に惚れ込み、まるでかしずくように俺に奉仕しようとするが、これもまたある意味では女神らしい振る舞いだと思う。どの地域にも地上に住まう男に心奪われる女神の物語はあるものだ。むしろ神のごとき力と人間の生々しさが合体してこれはもう最強ではないだろうか。


「神に人が奉仕するのは当たり前じゃないか」


 俺の言葉に、白眉が本気で嫌そうな顔をした。

 やめろよ傷付くじゃないか。


「他人を一睨みで洗脳する彦一が洗脳されてるならこの世の終りに近いんだけど」

「いや冗談だ、比喩表現だよ。ま、そのくらい尊敬してるってことだ」

「……モンスタークレーマーなのに?」

「そりゃ、あいつのクレーマーしぐさを全肯定するつもりはない。一線を超えるようならたしなめる。まあ後手に回っちゃったり無茶な手段に頼ったりはしたが、そのあたり解決できたとも思うし」

「ま、ボクらなら大体のことは何とかなるからね」

「それにあいつ、弥勒門財閥の直系の娘なんだよ。将来は本気で財閥のトップになったっておかしくない。成績も全国トップレベルで将来を嘱望されてる。そういう人間の趣味がモンスタークレーマーのままだったら日本経済がヤバい」

「壮大な話だなぁ……まあ、でも理解はできた。『私利私欲ではない』ってのはそういう意味も含まれるわけだね?」


 白眉がホッとした様子で問いかけ、俺はこくりと頷いた。


「そうだな。弥勒門の家族全員が病んでたし。華はその中で、能力も病んでる度合いも酷かった」

「ずいぶんと凄そうな人だね、弥勒門さんって」

「ま、機会があれば紹介するが……」

「いや、良いよ。怖いし……そもそも彼女になんて説明するんだい?」

「超能力者仲間だって正直に言うけど」

「そこは秘密にしとこうよ!?」

「だってそれ以外に説明しようがないじゃないか」

「だからって、ボクらが超能力者だって吹聴されたら……あ」


 白眉が何かに気付いて俺を睨んだ。


「そういうことだ。わかったか?」

「キミなら強制的に秘密を守らせることができるわけか。洗脳はちょっとズルすぎるね」

「そうなんだよな。自分で言うのもアレだが、本当ズルい」


 白眉は頬を膨らませて、恨めしそうに俺を見る。


 こいつパッと見は美人でおしとやかで、ある意味では華以上のお嬢様振る舞いができるんだが、気を許した相手にはこうして年相応……いや、年齢よりずいぶん幼い顔を見せる。


 超能力などよりも、こうした仕草の方が仲間っぽくて俺は嬉しさを感じる。からかい甲斐があるとも言う。


「そこだよ彦一、大義名分があるにしてもキミの能力はタチが悪い。全員集めて審議するべきと思う」

「お、全員で会うのも良いな。カラオケで良いか? まあウチでも良いけど。ボドゲやろうぜ」

「何でも良いけど幹事はやってくれよ? これはペナルティ」

「別に良いんだけどな、得意だし。それに遊ぶために集まるって初めてじゃないか?」

「だから遊びじゃないんだってば」

「すまん、冗談だ。本当にやり過ぎたと自分でも思ってるし、反省してる。それにみんな、ちゃんと日常生活を送れてるかも心配だ」

「教団が解体しちゃったからね」


 俺と白眉、そして今ここにはいない二人の仲間。


 それが、超能力で世界征服を企んでいた秘密結社にして新興宗教「天海筏てんかいはつ」を叩き潰したメンバーだ。


 天海筏てんかいはつとは、生まれながらにして超能力を持った者たちが作り上げた組織だ。超能力を「天の御技」と称して様々な超常現象を起こして信者を集めてきた。空中浮遊だとかスプーン曲げとか、地震の予知とか。


 種も仕掛けもない超常現象に、多くの人が魅了された。人生に迷ってカルト宗教におびき寄せられた子羊ちゃんだけではなく、学識や権力を持った人間さえも集まった。祭りのような熱狂の果てに生まれたのが、超能力の才能を持つ若者を集めての世界征服だ。


 ばかじゃないか。


 適性検査において最高成績を収め、教団施設で最強の超能力者と褒めそやされた四人は、純粋にそう思った。ていうか、なんでそんな馬鹿げた計画にみんなが素直に従うと思ったんだ? 頭沸いてるのか? いや最初から沸いてた。


 それで俺たち四人は、力を合わせてこの団体が地上に存在していた痕跡を徹底的に消し去った。組織を物理的に破壊したのは俺以外の三人の力であり、関係者たち全員の記憶を消したりごまかしたりしたのが俺の力だった。


 それで終わってめでたしめでたし……といきたいところだが、最後に問題があった。


 超能力に目覚めた自分自身のことだ。


「ちゃんと反省してくれよ? 鹿歩なんか、封印案をまた提案してきそうな雰囲気だよ」

「あー、俺の力で全員を催眠して、超能力の使い方も何が起きたかも忘れるってやつか。俺は反対だってば」

「彦一は一貫して反対だね」

「ああ。強力すぎる催眠は何かしら反動が出る可能性がある。俺たちレベルの超能力にフタをしてどういう影響が出るかわからないんだ。自分に備わっちゃった力なんだからコントロールして付き合う方が最終的には安全だと俺は思う。お前だってそうしてるだろう」

「そうだけどさ。だったらなおさら彦一はもう少し世の中への影響力を考えて行使するべきだよ。わかった?」


 釘を刺された。

 まあ確かに、日本でもトップクラスの財閥に介入してしまったのだ。言い訳も出来ない。


「すまん。みんなへの反省の弁は考えておく。冗談抜きで真面目に」

「なら良いよ。ところで弥勒門さんの件以外に、何か問題とか悩み事とかない?」

「いや、大丈夫だ。今のところ普通に生活できてる」

「本当に?困ってることがあれば貯め込まずに言うんだよ? ボクら四人なら他人には言えないような秘密でも遠慮なく言える」


 白眉が、俺の大胸筋の真ん中あたりを人差し指でぐりぐりする。

 冗談めいた態度だが、言葉は本気だ。


「キミは普通じゃない。周囲にどんなに優れている人間がいようと、それは一般人の範疇だ。キミは指先一つで隷属させることも殺すこともできる」

「ああ、そうだ」

「けれどボクらだけは、キミの催眠にも抵抗できる。キミもフルに力を発揮すればボクの念動力を防ぐくらいはできる。ボクらは、ボクらの間だけは、誰よりも対等なんだ。キミは孤独じゃないってことを忘れちゃダメだよ」


 白眉は俺が日常に戻り、当たり前に生活できているか、本気で心配してくれている。

 ありがたい。

 胸がじんわりと温まるのを感じる。

 でもふりふりのスカートが揺れて俺の膝をかすめてドキドキするのでちょっと離れて欲しい。


「ありがとな」

「ふふん、もっと感謝しなさい」

「でもそれはそれとして、指先一つで岩盤もビルも吹き飛ばせるやつにやられると怖い」

「うっわ、心が傷付くなぁ」

「傷付いたら治せるから安心してくれ」

「そっちの方が怖いだろ!」


 白眉がけたけたと笑い、俺も笑った。

 そして喉が渇いたのか、白眉は紅茶のペットボトルを開けて口を付ける。

 だがその瞬間、微妙な顔をした。

 口に合わなかったのだろう。


「……甘すぎる」

「そういうのは国や地域ごとにローカライズされてるんだから、口に合わないものもあるだろ。大体、なんでいきなり海外土産なんて持ってきたんだ?」

「調査だよ。残存してる研究施設の、ね」


 そう言って、白眉はUSBメモリを取り出した。



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