モンスタークレーマー幼馴染VS催眠能力 2


 俺はいつものように、華をなだめるように声を掛けた。


「大丈夫、安心しろ。ちゃんと説明する」

「あ、あんた、何をしたのよ……!?」

「うん、それも説明するんだが……まあどこから話したら良いか」


 ベンチに掛けた華の隣に俺も座る。


「お前と会ってからそろそろ十年くらいだな」

「それが……どうしたのよ……!」

【リラックスして聞いてくれ】


 ぎりぎりと歯を食いしばる華の表情がふっと緩んだ。


「……なにこれ」


 苛立ちや怒りを覚えつつも、体がついてこない状態だ。

 流石に困惑もするだろう。

 だが俺は気にせずに話を続けた。


「かれこれ十年、会ってない日の方が少なかったな。お前が塾に行く日も基本的に一緒に帰ってたし……いや、色々大変だった。でもワガママに付き合うのは別に苦痛ではなかったんだよ」

「何よ……昔話がしたいの」

「まあ、前置きだ。俺が小学校三年の時に親が離婚して、色々あって今住んでるところに引っ越してきたんだよ。そのとき、同じクラスで隣の席だったのがお前だったな」


 今でも覚えている。転向して初めて話しかけてくれたのが華だ。友達ができない俺を見て一緒に帰ってくれた。あの頃の華は屈託がなかった。人の懐に飛び込み、親しみ、誰にでも愛される、そんな子だった。


 鼻っ柱の強さや負けず嫌いさはその頃からあったが、他人を傷つけて嘲笑するような暗さはなかった。


 だが、子供は良い方向にも、悪い方向にも成長する。能力はどんどん飛躍的に高まっていった。誰が一番であろうと祝福し、心の中の喜びこそが第一義だった時代はすぐに去って行く。テストの点や運動神経が価値や格差を生むようになる。


「お前がどんどん友達なくすのは悲しかったよ。俺だけはお前の隣にいようと思った」


 華に勝てる奴は誰もいなかった。


 塾へ通い一心不乱に勉強している者はどんなにあがいても華に勝つことはなく、校外のスポーツクラブに入って青春を捧げている者も、華に勝てなかった。次第に華の側に友人は去り、華の性格が加速度的に悪くなっていった。


 誰かを一蹴して当然であり、それを逆恨みする奴は徹底的に叩きのめした。そのときはまだ暴力を振るったりはしなかった。刃向かってくる奴の一番の得意分野で挑み、勝ってきた。足の速い奴に陸上で勝ち、ダンスやピアノを習ってるものにはそいつのいる教室に殴り込みをして、一日かそこらで追い抜いた。習い事の先生で華をスカウトしない者はいなかった。華は、道端の野草や花を摘み取るように人のプライドをへし折るのが日常だった。


 だがそれでも、華はどんな勝負であっても正々堂々と挑んだ。

 筋を通さないケンカはしない奴だと思っていた。

 そんな華のことを俺は誇りに思い、尊敬し。


「だから、これだけは理解しておいて欲しい。俺は華が好きなんだ」

「そっ……それは……今言う台詞なの!」


 苦悶の声を出す。

 こんな風に扱ってしまうことがひどく申し訳ない。


「こんなことを言う資格がなくなる前に言いたかった。……ところで話は変わるが、俺、今年の一学期に短期留学に行ったよな」

「それがどうしたってのよ……」

「語学や知能テストの適性を測って、何故か俺だけが選ばれた。学年で100位くらいの俺が。テストだったら学年一位の華とか、頭の良い奴が選ばれるものだとは思うんだが……なんでだろうな?」

「私が知るわけないでしょ。大体あんな怪しい試験サボったわよ、入試に関係ないし」

「あ、そうだったっけ」

「だからそれがなんなのよ。すぱっと言いなさいよ」

「あれは知能テストじゃなかったんだよ。超能力の適性テストだった」

「はぁ? バカじゃな……」


 華がそう言いかけて、自分の置かれた異常な状況を振り返った。


「今のこれ、彦一がやってるってわけ?」

「そうなんだよ」


 華の目に、怯えの色が浮かんだ。


「留学ってのもウソだ。怪しい組織に拉致されて、太平洋の孤島に送り込まれて薬を飲んだり実験をしたり……。怪しげなカードを使ったテストをしたり、延々と実験動物みたいなマネをさせられたり。けっこう怖かった」

「……無事だったの?」

「無事じゃなくなるところだったんだが、一緒に連れてこられた学生の一人がブチ切れてな。俺含めた4人で協力して実験施設を徹底的に破壊して逃げた。それが先月のことだ」


 俺の説明に華は眉を顰め、なんとも微妙な顔を浮かべた。


「話をすっ飛ばしすぎよ。それが本当ならもうちょっと話し方ってものがあるでしょ」

「いやまあ、そうしたいんだが、あんまり時間を掛けて話すと判断が鈍りそうで。こういうのは反則なんだ。丁寧に時間を重ねて話し合って辿り着くべきことを、俺は一足飛びでやる」


 その言葉に、華が身震いをした。

 涙が目に浮かんでいる。


「な、何をする気……?」

「ああ、勘違いしないでほしいが、別に殺そうってわけじゃないし乱暴もしない。自由意思を奪おうとも思わない。二つだ」


 俺が指を二本立てた。


「ふ、二つ?」

「二つだけ暗示をかける。一つは俺が説明した内容を他人に喋らないこと。もう一つは」


 ごくり、と華が生唾を飲む。


「怒りを覚えても即座に怒鳴ったり怒ったり……っていう心のなかに湧き上がる衝動を抑える。ただ、完全にゼロにはしない。それはそれで問題があるからな。性格がちょっと丸くなるくらいで済むと思う」


 俺はそう言って、華の額を鷲掴みにした。


「ぁ」


 そして俺の手が、華の額の奥へ奥へと沈み込んでいった。




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