モンスタークレーマー幼馴染VS催眠能力 1




 流石におかしい。


 というかこの調子では俺が死ぬ。


 家に帰り、クラスの友人にスマホで相談をした。

 そして突然喫茶店のバイトに食ってかかったこと。

 俺が八つ当たりを食らったこと。

 そして機嫌が凄まじく悪いので気をつけるように、という忠告だ。


 だがそれに対して帰ってきた言葉は、予想外なものだった。


『……いや、別に珍しくない。彦一がいないときは大体そんな感じだった』

『バイトをクビにした数は一人二人じゃないぞ』

『土下座させられた奴も居た』


 え?

 いやいやいや、おかしいぞ。


『いや確かにひどいけど、一線は超えてなかったじゃないか?』


 メッセージを送った。

 すぐに既読がつく。

 だが、返信が来るまでに間があった。

 まるで言葉を慎重に選んでいるように。


『お前、気付いてなかったんだな』

『弥勒門はお前と一緒にいるとき、自分を抑えてたぞ』


 俺は、その言葉に衝撃を受けた。


 自分を抑えていた、だって?


 あれでか?


 なんだかんだ言って華は、他人に害を与えるにしても徹底的な追い詰め方はするまいと思っていた。俺の見通しが甘かったというのか。


『弥勒門係のお前がいない夏休み前は本当に苦痛だった』

『一度買い物してるのを見たが、あれはまさにモンスタークレーマーだ。文句付けられた店は、店員どころか店舗自体が変わってたぞ』

『歴史の試験でちょっとした出題ミスがあったんだが、数学の吉沢先生が弥勒門にめちゃめちゃ詰め寄られてた。ストレスでハゲて今はカツラ被ってる』


 畳みかけるように弥勒門の悪行が流れてきた。

 その中でも特に目を引いたものがあった。


『噂じゃ、あいつに脅されて三階の窓から飛び降りた奴がいたらしい』


 そんな馬鹿なという思いと、あいつが全力で詰め寄られてそうする人間はいるかもしれない、という思いが同時に湧き上がった。その真偽を詳しく聞く前に、結論のようなメッセージが届いた。


『突き落とされたんじゃなかったっけ』

『どっちかはわからん。だが飛び降りた様子を見てた弥勒門が爆笑してたんだ。これは俺も聞いたから本当だ』

『笑い声聞くだけで漏らしそうになった』

『生半可なホラーよりも怖い』

『だから彦一は弥勒門といつまでも一緒に居てくれ。頼む。それでみんなが平和だ』


 その言葉は俺に重くのしかかった。


『荷が重すぎる』


 俺がそうメッセージを送ると、画像スタンプがどんどん送られてくる。がんばれとか負けるなとか、実にポジティブな絵柄のスタンプばかりだ。が、恐らく送ってる連中はごくごく真面目だろう。


「……確かめるしかないな」







 日曜日の夕暮れ時。


 街灯が照らす公園のジョギングコース。

 ここは、駅から華の家までの近道だ。

 どこかの家でカレーを作っているのだろう。市販のカレールゥの香りがほのかに漂ってくる。


 野良猫が、華を恐れるかのようにたったと駆けていく。

 華は何故か野生動物に好かれることはない。

 恐れられることはあるが。

 子供の頃、華はそれを寂しく思っていたはずだ。

 今は野良猫を見ると忌々しげに舌打ちをする。

 恐れ、怯え、懐かないものなど、華にとって唾棄すべき存在だった。

 恐れつつも懐く存在を従属させ、恐れずに刃向かう者を屈服させる。

 それこそが、華が他人と築いてきた関係だった。


「……あんまり怖い顔するなよ」

「誰っ!? ……って、なに、彦一じゃない」


 野良猫よりも鋭く俊敏な動きで、華は声を掛けた俺の方に振り向いた。

 突然暗がりから出てきたのだから、確かに驚くだろう。

 俺が声を掛けるまでに、気配には決して気付かなかったはずだ。

 この一日、ずっと華の後ろをつけてきたなど思いも寄らなかったことだろう。


「ちょっと、話でもしようと思ってな」

「……珍しいわね?」

「そうか? あー、まあ、そうだな」


 ここ数年において、俺の用事を華に付き合わせたことはない。

 俺の方から買い物へ行こうとか遊びに行こうとか提案するにしても、華のご機嫌を伺うためのものだ。


「で、話って何よ」

「率直に聞くが、お前に詰め寄られて三階から飛び降りた奴がいるって本当か?」


 俺の言葉に、華はにやりと微笑みを浮かべた。


「近くの総合病院に入院してるわ。あの顔ったら面白かったわね」

「本当なんだな」

「確か三年生の男子ね。舐めた口聞いたからちょっと脅してやったわ。飛び降りたら許してやるって……まさか本当にやるとは思わなかったわ。体育会系の部活に入ってたみたいだけど、もうスポーツとかできないかもね」


 武勇伝を語るような饒舌さ。

 ああ、確かに華は、楽しんだのだろうなぁ。


「で、それがどうかしたの?」

「話が長くなりそうだな。ベンチにでも座らないか」

「……早く帰りたいんだけど」

「まあ、そう言うなよ。これを見てくれ」


 スマホを取り出し、俺は華にとある画像を見せる。


「なにこれ、立体視?」


 そこに写っているのは、モノクロのモザイクの画像だ。

 立体視のトレーニングのための絵のようだが、別に意味はない。

 華の目を一点に集中させて、意識の隙を作れるならばなんだって良い。


【ベンチに座ろう】


 俺の言葉に、華が従った。

 首から下の体だけ。


「えっ……あ、あれ……?」


 首、目、そして意思はそのまま、華の自由だ。

 まず話を聞いてもらわなきゃいけないからな。


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